【修理できない故障】
電器修理一筋40年。
基板の「プスッ」という焦げ臭さも、モーターの「なんか変な音してますよ!」という悲鳴も聞き逃さず、大抵の家電なら「任せとけ!」で直してきました。
ところが半年前、彼女が出て行ってからというもの、この部屋に居座る“静寂”という故障だけはお手上げ。
説明書もなければ交換部品もない。
修理料金を請求する相手すら見当たりません。
60代にして突然始まった独り暮らし。
最初は完全にシステムダウン状態でした。
仕事から帰っても照明のスイッチを入れる気力すらなく、まるで自分自身が省エネモードに入った古い家電のよう。
しかし、長年修理屋をやっていると厄介な故障の兆候には敏感になります。
ある日ふと気づいたのです。
「あれ? これ、家電じゃなくて俺の心の配線がショートしかけてないか?」
このまま放置すると、発煙どころか人生のブレーカーが落ちかねない。
そう判断した私は、意を決して立ち上がりました。
そして、彼女との思い出がぎっしり詰まったクローゼットへ向かいます。
まるで40年間触ったことのない未知の機械の内部を開けるような緊張感で、私はゆっくりと扉に手をかけました。
中には彼女が置いていったマフラーや帽子、小さな旅行土産が残っていました。
手に取るたびに記憶が起動します。
あの時の笑顔。
くだらない口げんか。
一緒に食べたラーメン。
忘れたつもりのデータが次々と読み込まれていきました。
正直、涙も出ました。
修理屋のくせに、自分の心の修理はこんなにも下手だったのかと苦笑いです。
でも、その日ひとつだけ分かったことがあります。
故障した家電は元通りに直すのが仕事です。
けれど人の人生は違う。
壊れた場所をそのままにして、新しい部品を足しながら別の形で動き出していくものなのかもしれません。
あの日、クローゼットを閉めた時。
部屋の静けさは変わりませんでした。
それでも不思議と故障音は聞こえなくなっていました。
どうやら修理完了ではなく、再起動だったようです。
人生も家電も、時々は電源を入れ直すことが必要なんですね。