ー 空手を始める人のために ー 福島県郡山市の空手先生奮闘記 -3065ページ目

道場探し

誰にでもできる・堤下空手教室



皆さんなら自分が空手を始めようと思ったときに
どのような基準で道場探しをされますか?




あまり深く考えないで入門される方もなかにはいるんでしょうね…………………………………………………………………………………………こういう方は住まわれている地域に空手道場が一つしかなくて他に選択肢がないか、



空手に関する予備知識が全くなくて空手道場はどこでも全部同じことを教えていると思われているような方が多いようです。




また空手ファンや格闘技マニアのような方達になってくるとメジャー団体などのブランドにこだわる人が多いようです。


更に詳しい人は自分の好きな選手が開いている道場がどこにあるのかを調べて入門される方もいることでしょう。




また現代だとネットでいろいろと調べて


・近所から近いところ


・稽古曜日が多いところか自分のスケジュールと合っているところ


・会費の安いところ


・設備の整っているところ


等を調べて入門される方が一般的だと思います。




私は高校を卒業したあとに日本のトップの実力を体感したくて、


当時極真空手のなかで
「チャンピオン製造工場」と呼ばれた名門支部で稽古していた時期があります。



移籍する前は空手雑誌などに頻繁に掲載される全日本チャンピオンや全日本級の強豪選手がたくさん在籍している道場ですから、

さぞ道場も大きくて設備も整っているのだろうと期待に胸躍らせていましたが、




いざ道場へ行ってみるとそこは薄暗い地下にあるとても狭いくて汚い道場で、



設備も地方の道場のほうが
明らかに整っていて恵まれているという
その光景に愕然としたことを覚えています。




しかし


その狭く汚い道場に
入り切らないほどの道場生と指導者の方々の情熱は
地方で淡々と稽古をしていた自分にとっては衝撃的で、


今まで東京のトップ選手は環境に恵まれているから強いんだ…


等と…

自分で勝手に決めつけて東京の選手に地方の田舎選手は勝てるわけないと諦めていたことをとても恥じました。




その経験が元で


「人を育てるのは人であり、指導者の情熱や創意工夫が大切なのだ」

ということを悟ったのです。


やはり良い指導者、先生がいることが一番です。

そして良い指導者や先生がいる道場は雰囲気もとてもいいと思います。



あとこれと同じくらい大切なことは道場が無理なく通える位置にあるかということでしょうか………



あまりにも遠すぎると
仕事が終わって疲れているのに行きたくなくなってしまいますね

ツカレタヨ~(´~`;)





ですから私自身がいまから道場を探そうと思ったら、


無理なく通える範囲で
いろいろな道場を見て廻り

指導者の情熱と人となり、

道場全体の技術レベル、


道場の雰囲気を総合的に
判断して


「良師は三年掛かってもさがせ」


の気持ちで道場探しをすることでしょう。



これを読まれているあなたはどのような道場探しをされますか?

オス(´・ω・`)



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自分のこと 5

極真空手の道場がうちの近所に開設されることを知った私はついにその時が来たと腹を括り、慣れ親しんだその道場を去る決意を密かに決めました。



それはつまり臆病で小心者だった自分が極真空手に感じていた『死』という存在を乗り越えた瞬間でもあったのです。



『極真空手を学んだらもしかしたら、〇玉が飛び出たり、耳がちぎれるような大怪我をするかもしれない、運が悪ければ死ぬかもしれないだろう。骨折などはしょうがない死ななければ上々だろう』

という決意を固められたということだったのです。




沖縄空手の先生には、まさか極真空手を学びたいから道場を辞めますとも言えないので

『受験のために退会します』

と話をして道場を去りました。




沖縄空手の道場を退会してから少し経って

ついに小学五年生から憧れ続けた極真空手の道場へ中学三年生のときについに入会したのでした。



その後30年近い年月を空手の世界で過ごすことになろうとはこの時は思いもしませんでしたが、


極真空手を始めるために悩み抜き覚悟ができたおかげで、その後の沢山の怪我や苦しいことがあっても


『死ななければ上々だろう』


という気持ちで乗り越えてくることができたのでよかったと思います。



臆病で小心者の私がよくここまで空手を続けられたものだとビックリしますが、空手を学ぶ前にハードルを高めに設定したことが、私の場合はプラスに働いたのでしょう。




現代では空手をはじめるためにそこまで悩む人もいないでしょうが(私の時代も他にいなかったかも、笑)

そう思わせるほどに当時は極真空手にカリスマ性があった時代でした。





ここまで

私が空手を始めるためにいろいろと葛藤があったという話を書いてきましたが


皆さんそれぞれにいろいろな夢や目的を持って
空手を始めようとされているんだろうと思います。


そして空手や武道関係の道場は普通の習い事と違い厳格で堅苦しいイメージがあると思います。


それだけに始められるまでに私ほど悩まなくても

大なり小なりそれぞれになにかしらかの葛藤があることと思いますが


ぜひ勇気を持って第一歩を踏み出されてみて下さい。
ヽ(・∀・` )ノ



皆さんの期待に応えてくれるような空手道場や素晴らしい先生方が沢山いらっしゃることと思います。




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自分のこと 4

ついに私は憧れの空手道場へ通い出しましたが、そこは極真空手の道場ではなく沖縄空手の道場でした。



学校のスポーツ関係のライバルに差をつけられないためと極真空手の道場へ通うための基礎力を身につけるためという、

その道場の先生にたいしてとても失礼な理由で空手を学び始めてしまったのです。

ムムム(´~`;)



その道場では特別個人指導という普通会員の2倍の会費を払うことで、

そこの館長にマンツーマンで空手を教えてもらえるコースがあり、


私と友人は二人でこのコースに通いながら、沖縄空手を1から学ぶことになったのでした。



いろいろな思惑があって始めた沖縄空手ですが、

今から考えるとこのときに空手の基礎を教えて頂いたことが後々本当に役に立ちました。



それからの私は空手の魅力にハマり、道場で教えて頂いた技を家で毎日、稽古をし続けながら、極真空手を学ぶための決意を少しずつ固めていきました。



その決意とは

劇画『空手バカ一代』で描かれていた、〇玉が飛び出たり、耳がちぎれるかもしれないということに堪えられるのか?


もしかしたら間違って死ぬかもしれないという『死』にたいする決意です。




これを読まれている方は空手を始めるだけで大袈裟なと言われるかもしれませんが、

当時『空手バカ一代』をすべて実話と信じていた臆病で小心者だった僕にとっては極真空手を始める前にクリアしとかなければならない一番重要な問題だったのです。



沖縄空手を館長からマンツーマンで丁寧に指導して頂き、館長が来れないときには全国学生選手権で優勝された先輩がマンツーマンで指導してくれたおかげで短期間でめきめきと実力がついていったように思います。



そんなある日に館長から


『そろそろ黒帯だな!』


という言葉を頂き
喜んでいたその時期に……

うちの近所に極真空手の道場がオープンするという話が聞こえてきたのです。


その話を知ったとき
僕はついに黒帯になれるぞと喜んでいたことも忘れ、

ここで黒帯をもらったらこの道場を辞めずらくなる…

この道場で頑張って来たことで臆病で小心者だった自分にもある程度の自信もついたし

ここで動かなければ子供の頃からの自分の想いに嘘をつくことになってしまう。



私は………


ついに極真空手を学ぶその時が来たと腹を括り
慣れ親しんだその道場を去る決意を密かに決めたのでした。



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