
5405日目(大晦日)
おはようございます。今日で震災から5405日目です。
本日は大晦日です。
今年も一年本当にお世話になりありがとうございました。
年明けもどうぞよろしくお願い致します。
2026年が皆様にとって良い年となることを祈っております。
押忍!
5404日目
おはようございます。今日で震災から5404日目です。
最近、親の人生とは何だったのかということをしきりに考えてしまいます。


私というフィルターを通して視えていた親
私の知らない親
親としての葛藤
人としての葛藤
背負っていたもの
私はどう動いていれば、親たちをもっと幸せにしてあげられたのか・・・
私なりに彼等の子供という立場から見てきた親たちの人生を考えています。
子供である私には絶対に見せないようにしていた姿や喋らない過去があることは察していますが、親をひとりの人間として洞察した時に感じていたことなど、親の人生の中でもしかしたら、あの時にボタンを掛け違えていたのではないか、業を背負ってしまったのではないか・・・そう思わずにいられない場面も多々あったんですよね。
それはあの頃の私も解っていたんですが、どうにもならなかった・・・
子供の指摘を受け入れてくれるタイプではなかったので
私の言い方が悪かったのかな
自分に視えている未来を伝えても、聞く耳は持ってもらえなかった・・・
そのうちお前はオカルトにハマっておかしくなったとか言われたり・・・
違う
そういう思考、そういう決断の先にどういう風になるのか、何が待っているのかなんて、冷静になって考えればわかるはず
でも、親だけではなく、まわりの人達は誰も興味はないようだ
なぜ?
私がおかしいのか?
私が視えている先を誰も視ることが出来ないようだ
この認識のギャップに苦しんだのは私?
人の形、心の形、魂の形
何がどう視えようが、私に背負えるのは自分の人生一つのみ
だったら他者の人生なんて知りたくない、視たくない
そんな風に思い続けたのは私の人生
それでも尚、血の繋がりのある親のことは今一度考えてしまいます。
感謝の想いを込めて
✘ 最近気付いたのだが、私が授かった能力はどうにも現世に干渉できるような類のものではないらしい
じゃあ自分は何のためにここに居るのか
観察者?傍観者?
自分はナニモノなのか・・・歳を重ねる程に不思議に感じる今日この頃です。
5403日目
おはようございます。今日で震災から5403日目です。

私は常々、我々 日本人が日本人たり得るのは母国語である「日本語」が感性を育てるシステムとして機能しているからだと考えています。
それが世界に例を見ない繊細な中庸の文化を作り上げているのです。
タントリスさんが、英語を話している時と、日本語を話している時では、性格が変わっているように感じるというのも言語体系が如何に人間の思考や心の在り方に影響を与えるのかということなのでしょう。
私は福島県出身のライアン鈴木さんの動画が好きでよく視聴させて頂いていますが、ライアンさんも英語で話している時と日本語で話している時では別人に感じてしまうくらい同じ人物とは思えないという印象があります。
日本語は日本の精髄であり、魂だと思います。
大東亜戦争に負けた時にGHQは日本語を消失させようとしていましたし、それから今日までしつこいくらいに日本語を壊そうと何度も試みて来ているように感じることがありますが、日本人から日本語を奪えずにいます。
日本人は英語を中々身に付けることが出来ない民族ですが、それは英語と日本語の構造が真逆で理解しづらい部分があるからであり、それによって我々日本人は日本語によって感性や日本人的な思考が守られていると考えています。
キチンとした日本語が継承される限り、日本人が消えることはないと考えます。
しかし、日本語が壊れ、正しい日本語が消失してしまったら、国籍としての日本人は残っても、真の日本人は消失してしまうと危惧しています。
そして日本には、今の我々が使っている日本語以前にカタカムナという言語体系も伝承されています。
こちらが本来の日本語であると聞いたこともありますが、本当に日本語は深いですよ。
最近は日本人なのに漢字の読み書きが出来ない、言葉の意味もわからない、行間が読めないという、言語のポテンシャルに付いていけない日本人が増えて来ていることに危機感を覚えます。
経済の傾きも気になりますが、それと同じくらい日本語の型崩れが日本を傾かせている元凶なのではないかと心配をしています。
言語学者の方々はどのように考えているのでしょうかね?
とても興味があります。

