私のキャリアウーマンの世界観を問い直す
さて、次に与えられたのは1300人の従業員の人事部長の職であった。
私への課題は退職金制度改革と人事評価システム導入。
実は労働基準監督署と税務署相手の世界でもあったし、会計士、弁護士、社労士の方々との打ち合わせはこれまでにない体験でもあった。
この時は常に紺色か黒色のパンツスーツで過ごした。
ここでもかなりの社会勉強をさせてもらった。
先ずは病院組織の看護部と事務職員の社会とは性格がかけ離れていること。
一言で言うなら「女性は俺たちの手足でいいんだよ。素直でいてくれれば、ちゃんと保護してやるよ」の次元にある。
然るにこれまでの暴れ回っていた過去の悪業への腹いせかと思われる事に遭遇することにもなる。
少なくともナースは医師がその能力を評価してくれる社会であり、チームで仕事が達成した喜びに浸れた。
ところがここ事務職の世界は上に向かって、良い評価されるためのアピール連続。
でもね、何とか5年間で与えられた使命を全うしたところで、上司に口答えする部下としてあっけなく移動。
『誰もがやりたくない仕事を片付けてもらって有り難う、』と辞令をつきつけられたようで暫く呆然としていた。
男の一番やっかいな者は、自分だけが正しいと思っている人。だから絶対に手は汚さない。
女の一番やっかいな者は、肩書きに弱くて男性を後ろ立てにしている人。
もしかして女性の一番の敵は男性ではなく女性かもしれない。
この社会は男目線で成り立っているから、男性目線で認める出来る女性とは男性の考えに一番近くすることなのかもね。
次が病院事務のトップである事務長。
その時以外にも「出世したねぇ」と医師数名から言われ一瞬気を良くする。
そこで私の目標は絶対に医師、看護師を守る事務長に化けることに設定。
医療訴訟を徹底的に研究した私の在職中には訴訟案件はゼロ。
ここに関しては病棟管理者時代のクレーム処理や救急搬送者対応にヒント満載であったからだろう。
もちろん別件による裁判出頭もあったし、患者宅で2時間正座させられるケースなど経験は一杯させてもらえた。
しかしこの時代の一番辛い経験は、横暴な院長の対応で間違いない。
下手すると靴を身体にぶつけられる。
なぜ続けられたかって?
それ以外の医師看護師が必死で命を守ろうとしているからでしかなかった。
東北の震災も医療救護班として経験させてもらえた。
私だけが逃げる訳にはいかない。![]()
その克服で思いついたのが英会話教室の受講。
誰にも言えない腹立たしさを英語に変えて思い切り悪口雑言する楽しさよ。
これは英会話の勉強ではなく心の癒やしであったが、不自由な英語で話しながらも、外国人講師は面白がって面白がって…。
何かと言えば指突っ立てて「f○○○ you!」を教室に響かせる心地よさ。
更にこの後に興味深い教師に半年間お世話になる。
彼女は美術館のキュレーターになるために日本の英会話教室でお金を稼ぎ、ロンドンで勉強していた。罵詈雑言に飽きてきた頃、彼女と共通の話題として1冊の印象派美術書籍で私が英語で読み聞かせる練習をお願いした。
そこで彼女からたくさんのプレゼントをもらえた。
それは哲学、思想、時代背景含めた芸術表現の結びつきであった。
また彼女の見識からも、興味のなかった芸術作品のどこにポイントがあるかを教えてもらえた。
これが今の私のイマジネーションに大きく役立つ基盤になっているのは間違いない。
さて、ここで私は何者であるかを、問い直す時期に入った。