キャリアウーマンは能力ではなく「こつ」
事務長時代が終了すると、トップから次の役割を命じられた。
それが事業戦略課である。
なんとなくトップの話しをまとめてみると戦略っぽいようで、かっこいいネーミングをもらった。
それが法人本部事業戦略部長という肩書きである。
だが事業戦略自体がわかっていない。
そこで日頃から経営思考にお世話になっている師匠に相談。大学院へ行きなさい、という指示。
はあ、そうですか、と入った先は事業構想専門の大学院。
2年勉強することになった。
それと同時にコロナの到来。
もちろん、臨床現場と共にコロナ感染の渦に巻き込まれたが、世界中の病院経営もどん底へ。そこへ再度指示されたのが法人全体の費用削減プロジェクトであった。
これがNHKの記者の耳に入り、全国版の番組にも取り上げてもらい皆様から熱いメッセージをもらう。
結局このプロジェクトも3年間関わることになった。
初期段階の頃に医療機関が今後どうするかを有名な会計士の講演を聞いたときに、「どの病院もトヨタさんを見習いなさい」という言葉が耳に離れず。
そこでトヨタ関連のオブザーバーを見つけ、トヨタ方式をスタッフ研修に採用しがてら、業務効率と生産性向上、物流管理体制を実践活動させてもらった。
これが私の新しい武器になった。
服装ですか?
できるだけ目立つように、サルエルパンツとカラー-ヘアに変身。
さて大学院の学びは私の女性問題への開花につながった。
これからの医療は予防から未病の世界に変わると確信が持てた。
未病とはまだ心身に現れない段階で、将来発生する可能性を先に準備しておくこと。
医療はどうしても顕在化した状態にしか手を出せない。
しかしコロナ後の現代は、潜在的な働きかけが可能な時代になったと信じている。
私は多くの人を妬み、恨み、抗いながらそれを原動力として人生を進んできた。
今考えれば自己承認の不足感で随分遠回りをしてきた観もある。
ところで私の人生の節目になった父の病気は結局3ヶ月後に退院。
単に母が不安の統制が取れず感情的な判断で言い放ったに過ぎなかった。![]()
母親自体が女性の生き方に翻弄されていたことが、今になってようやく理解できるようになった。
私同様、女性の人生は周辺の人々の価値観に大きく影響されるんだ。
これまで何千人の女性との出会いを通しても、いつもそれが鍵になっている。
そうなんだよ。
これからの世の中、社会での生き方はもっと、もっと女性が自由に輝けるはず。
でも、まだまだその教育は一般には浸透していない。
自力で勝ち取るしかない。
それを孤独な戦いにしてしまうと迷い癖を身につけてしまう。
私の半生を書き綴ったのも、その孤独な戦いで長い長い時間費やしたことを知ってもらいたかったから。
そんな事よりも、もっと早くに抜け出る 「こつ」があることを私は発見できた。
かっこいいキャリアウーマンになりたい人、職場を離脱しそうな女性に、私の人生かけて体得したことを伝授していくよ。