仕事始めだったのですが…
自分が仕事を頑張るのではなく、部下に頑張ってもらって、それを纏めることが自分の仕事となりました(><;)
今までと環境が異なり、部下の仕事が終わるまでは、みんなの仕事進捗を確認するのが、仕事…
忙しくしていないとダメなタイプなので、見守るだけの業務に初日で飽きていますσ(^_^;)
三日もすれば、一気に忙しくなるのですが( ̄_ ̄ i)
とにもかくにも、昨日に続き、本日は徳島市内の津田城跡(No198)をご紹介致します。
まずは全体図から![]()
赤丸部分が、かつての城跡と考えられる部分になります。
中心は津田八幡神社から、側にある津田山上(標高78m)と思われます。
住所:徳島市津田西町
城主:桑村隼人
城跡形態:平山城
他にも津田城跡を思わせる地名は残っているので、城跡としてはもう少し広いかもしれません。
まずは、津田八幡神社から参拝します。
津田八幡神社の由来です。
城主であった桑村隼人は、三好家臣でありましたが、蜂須賀家入国後も厚く信仰されていたようです。
徳島市指定のご神木があります。
樹齢はおよそ八百年
恐るべし自然の驚異ですね![]()
人間には想像することしか出来ない世界観です![]()
さて、参拝後は津田山上に登城します![]()
赤丸部分にここが城跡であった名残の石垣が僅かに確認できます。
津田山の北側は新町川が流れていて、かつ断崖絶壁の岩肌となっているので、天然の要害といった感じでしょうか![]()
矢印の方向に向かって、竪堀跡が確認できました。
こういう発見って、テンション上がりますね![]()
途中で郭(くるわ)
みたいな場所を発見しましたが、説明などは無いので、不明です![]()
山頂まで5分程度なので、軽い運動がてら良いかもしれません![]()
石碑っぽいのがありましたが、特に何も書かれておらず![]()
ただ、見晴らしは最高に素晴らしかったです![]()
手前に見える橋は、小松島市と徳島市を結ぶ幹線道路である末広大橋になります。
奥に見えるのが徳島のシンボル眉山です。
【津田城跡解説
】
津田城跡は、現在の津田町西一帯に存在したと考えられます。
中心は、八幡神社および津田山上付近と考えられます。
城主である桑村隼人(はやと)は、三好家家臣でした。
三好長慶公は阿波制圧後に、畿内制覇に乗り出しますが、その際に信頼のおける弟である三好義賢(よしかた)に阿波支配を任せます。
そんな三好義賢(よしかた)のために、大阪の堺へ武器の買い出しに出掛けた桑村隼人でしたが…
その帰途で、海賊と遭遇して、一戦交えて落命したと伝わります。
その後、津田城は城主を失い、蜂須賀家が神社として整備するまで廃墟となったわけですが、その割には結構な見所がある場所でした![]()
残念なのは、一切の説明が無いことかな(笑)
最後に…
一句詠んでみたいと思います![]()
『枯れ紅葉 踏み行く人は 我のみぞ』
お粗末様でした![]()
歴史を感じずには居られない名所をまた一つ発見したのでした![]()









