日清 蒙古トマタン
いつものおじさんの写真。白根さんでしたっけ。
三本脚の黄金ヒキガエル
この蛙には伝説の仙人である「劉海蟾(リュウカイセン)」という主人が居るとされています。
カエルに「劉海仙人倒(リュウカイセンニントウ)」と言うと、それまでくわえてきた金銀財宝を吐き出してくれると言われています。
果たして人さまのカエルにこの呪文を唱えても良いものでしょうか?
天下国家もカウンタックも立派
先日のキックのとき、ある人にちょっとだけ挨拶に行った。
その人はいま、シベリア抑留を風化させないための運動を始めようとしている。僕にわからないのは、なぜその人は既存の遺族会、存命の被害者の方たち、それらの支援者たちの存在を伏せているのかということだ。
YouTubeでシベリア抑留で検索すれば、ビートたけしの特番、テレビ局の作った再現フィルム、当事者への取材、式典の報道など、様々なものがヒットする。
何も関係のないその人が、なぜ支援者ではなく、旗手になろうとしているのか、さっぱりわからない。
YouTuberデビューするので、ギャラ払うから協力しろといわれ、
「お金は要らないから、とりあえず手持ちのiPadで自分のスピーチ動画を撮って僕に送ってくれたら、見栄えのするようにタイトルや効果音付けたり編集したりしますよ」と言ったが、一向に連絡が来なくなった。
しばらくして、「知り合いの息子がYouTuberだったので教わることにした。その子の薦めでパソコンを買うことにしたから」といった返事が来た。
YouTuberデビューするのにパソコンなんか要らない。すでにお持ちのiPadで編集もできます。と実例の動画まで教えてあげたが、聞く耳持たず・返事なし。
キックのとき、この運動に協力してくれとか言われたけど、いやですとしか言いようがなかったです。
その人は僕の根っこだし、その人を敬うのは長男の務めだし、これまでどれだけ酷い目にあわされても、それはその人が一族の長である以上、仕方のないことだと思ってきた。
しかし、その人が天下国家なる不相応な趣味に耽り、一族の長たる自覚と責任感を持たないのであれば、それは例えば「カウンタックのオーナーだぜ(借家住まいだけど)」のように、すでに家長であることを放棄した趣味人と変わらないのではないかと思えてしかたない。
天下国家も立派だし、カウンタックも当然立派である。
どぶの中でも前のめりにどうぞ。かっこいいですねー、としか言いようがない。他人であればほんと、心底「かっこいいですね」と言えるのであろうが。
宇宙や環境への関心や意識、生きとし生けるものへの愛、人類愛、愛国、郷土愛、愛社精神、町内会への協力やら隣人への思いやりとかよりも、大事なことがあると思う。
53にもなって、いまだにその人の呪縛に捉われているのは、幼いころから暴力と威圧で支配されてきた記憶から抜け出せない自分の、笑っちゃうような情けなさゆえである。
もういい加減、切り離そうと思う。人生観がそもそも違うのだから。
その人には家族、血族を守るという能力というか、そういう意識がないのだ。
神様のような人だ。
僕に何かできることはないだろうか。
せめてカウンタックだったらよかったのに。















