グラフィットはパンク修理をしてもらえない
グラフィットのハンドルにナップサックをぶら下げて走っていたら、紐がタイヤの空気バルブに引っかかって、スポーンと抜けてしまった。
ものすごいタイミングだと思う。
通り道にある自転車屋に持ち込んで、修理を依頼しようとしたところ、自転車専門店でバイクを扱うのは法律で禁止されているということだった。
しかし、チューブの在庫があったので、買った。1100円だった。
グラフィットのタイヤは小径で固いので、パンクしていてもゆっくりなら乗ることができる。
ガソリンスタンドに立ち寄って、修理の相談をしたが、そこではバイクのタイヤは交換できないという。
もう20年以上前だが、木ネジが刺さってパンクしたバイクのタイヤを修理してもらったことがあるので、修理は受け付けてもらえるようだ。
ただし、チューブタイヤはわからない。
騙し騙し走らせ、バイク屋に行ってみたのだが、門前払いだった。電動モペットなど見たくもない! というあからさまに差別する態度で、無性に悲しかった。おそらくこれは、3つの理由によるものだと思う。
・交通の邪魔もの
・ナンバー未取得の違法走行の横行
・新しい技術に迎合したくない職人気質
チューブもあることだし、自分でチューブ交換してガソリンスタンドでエアだけ充填して、なおそうかなという考えに至る。
出先で満足な工具がなく、安物のモンキーレンチで前輪の軸を外そうとしたところ、あまりに硬くて一発で舐めてしまった。
ボックスレンチがなければ無理だと悟り、自宅までパンクした状態のグラフィットで自走して帰った。
一応、他の選択肢もあって、それはグラフィット修理を扱っている特約店に持ち込む方法だ。
うちの場合は、大田区か秋葉原。結構遠い。
途中でホームセンターに寄って、タイヤレバーを買った。
タイヤレバーというのは、タイヤをホイールから外す時に使用するヘラだ。
自宅ガレージで、無事タイヤを外すことができた。
しかし、いくら頑張っても、ホイールからタイヤが外れない。(ビードが落とせない)
ガソリンスタンドは、グラフィットの持ち込みでは断られたが、前輪だけ持っていったら修理してくれるかもしれない・・と、淡い期待を持って行ってみたが、サービスメニューにないという理由で断られてしまった。
ほとんどのガソリンスタンドは、自動車のタイヤの販売をやっている。
組みつけもスタンドでやるので、ビードを外すための自立式の機械などを持っている。
しかしグラフィットのタイヤは小さすぎて、対応しないのかもしれない。
とりあえずその日は諦めた。
翌日、昨日相談した店とは別の自転車屋に、前輪とチューブだけを持っていった。
90歳くらいのおじいちゃんがやっている自転車店。
タイヤとチューブを見せると、いいよーと引き受けてくれた。
そもそも米式バルブというのを扱ったこともないらしい。
いやーこんなの初めて見たよ。
これはどんな自転車だい? と聞かれた。
「イタリアだったかフランスだったかの、ミニベロとかいらしい小型の自転車です。」
僕は嘘をついた。
もし電動原付モペットです、と正直に言ったら断られるかもしれないし、仮にその店が自転車専門店だった場合に迷惑がかかってしまうからだ。
しかしやはり、自転車のタイヤとは違い、厚くて硬い。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そっちの木箱からタイヤレバー取ってくれ。
赤いペンチ取ってくれ。
コンプレッサーホースこっちへ。
バルブ開けて。
立ちあがるのも難儀なおじいちゃんが、いっしょうけんめい直してくれた。
1100円だった。
電動モペットやキックボードはどんどん増えている。
みんなどうしているのかな。
これからマナーが熟成され、電動モペットのパンクは当然扱うよ、商売だからね、なんて言ってもらえる日が早く来ることを願っています。
20年がたったのか
コメントを入れてくださった方のブログを訪問したら、ブログ歴17年と記載されていた。
17年前、自分は何してただろうか。
そもそもこのブログは何年かなと思って確認したら、今月で丸20年だった。
20年。
うーん。20年かあ。
あ、そうだ。
よくなんかで、昔はよかったなあとか、いついつに戻りたいとかあるよね。
俺はなんか、そういうのはないぞ。
ぱっと考えると、子どもの頃の楽しかったこととか、若い日の楽しかったこととか、そういうのは思い出せる。
でも、戻りたいかって言われたら、いやもう勘弁ですって感じだ。
若いころ、辛いことが多かったからな。てか、辛いことしかなかったわ・・。
否定されて、暴力を怖がって、委縮して、生きずらかった。
いや、戻りたくない絶対に。クソみたいな人間だった、自分自身。汚い自分。なんもかんも真っ暗闇だった。
今はとりあえず、自分の選択で自分の人生を歩いてる気がしてる。
仕事ってやっぱ大事。
すべきことがあって、自分にしかできないことがあって、後輩がいて、先輩をからかって。
はは。やっぱ断然、いまがいいです。
でも、人生で一番楽しかったのは今じゃない。
子育てしてたときが、やっぱ楽しかった。
まあ、あと10年後に「ブログ30年!」とかかける気もしないので、若いうちにとりあえず書いとこ。
今が一番若いんじゃ。
てかもう死んでる。
これが記念すべき、このブログの初投稿画像だ!!
死と無と
上司が正装だった。
僕は何も考えず、「今日は決まってますね。客先ですか?」と言ったら、親戚の葬儀だよと。
僕も先月、子どもの頃から大事にしてもらっていた伯母を失った。
伯母の箪笥からは、親戚の子供の頃の白黒写真が出てきたといって、母から送られてきた。
まだ幼く、かわいかったころのおじやおばのしゃしん。
時代は変わっていく。
かの戦争を経験した世代も、徐々にいなくなっていく。
死んでいく。
僕たち、戦後生まれのものも、順番に当然、なくなっていく。
若いころに、USA for Africaという音楽イベントがあった。
あの頃は自分が、歳をとることも、いつか死ぬことも、そしてそのあとも地球は変わらずあるということも、考えなかったな。
世界は、人は、どうなるんだろうな。
100年後、1000年後、10000年後。
ずっと続いていったらいいな。
テクノロジーの進歩とか、そんなのは全然関係なくて、ただ、人が続いていけばいいなと。
そんなことを考えながら生きていくのも、ひとつの先人たちへの尊重の姿なのかなと、ちょっと思う。





