新潟帰省 10月1日・2日 | スライダーズおやじ

新潟帰省 10月1日・2日

関東に台風が上陸していましたが、新潟は軽い雨。
 
ところで、はなびおぼっちゃま疑惑。
 
この青い屋根のうちが実家で、写真右はじの松の木の手前までが敷地です。
昔はここを拠点に、父が会社を経営しておりました。
今は弟の会社と父の趣味の会社みたいなことに使われています。
 
左から、父のトヨタセンチュリー、母のホンダレジェンド、弟のヴェルファイア・・・かな? ようわからん。高級車が並んでおります。
 
ちなみにその斜め裏には、僕が20数年前。
新潟時代に住んでいた家があります。
 
裏庭で実家とつながっているのですが、今はもう他の方のものになっております。
弟が自分の経営する会社の発展のために資金が必要で、売らせてほしいと言ってきたので、弟にすべてあげてしまいました。
 
裏玄関のこの部分に当時、僕がペンキで描いた、猿の絵が残っております。
 
長野で買ってきた栗を、母が剥いています。
「腱鞘炎になりそうだ」と言いながら。そして、栗ご飯よりもサツマイモご飯の方がおいしいのにと、こぼしています。
 
お昼は、くりごはん。久しぶり。
 
旅の疲れが出て、酒飲んで昼寝をしていたら、母の書置きがありました。
 
夜は母がもう作りたくないからラーメンに行こう、というので、こちらへ。
数えきれないくらい何度も来た、近所のラーメン屋ですが、なんかひっこしてたらしい。酔っぱらってたのであまりわからん。
 
店内の様子はがらっとかわってました。
こぎれいで、ファミリー向けになった感じ。
 
ラーメンもそれに伴い、リニューアルされていました。
前はもっと、脂ギッシュだった。
 
おいしくなったのかな。
なんか、焼きそばの麺みたいな感じ。
 
ごちそうさまでした。
シラフじゃなかったので、レポートは割愛。
 

翌朝。
ボロ家の点検をします。
 
軒天井が剥がれまくってます。これは台風とかきたら、雨漏りしちゃうねえ。
 
ここは昭和50年に建てたので、築46年です。
父はちょっと普通の人と感覚が違っていて、自分が創業した会社をほかの人に譲って引退した時も退職金ももらわず、家も自分のものにせず、何もかも、その会社の所有物のままにしていました。
 
なので、この家にも毎月家賃が発生していて、隣の会社の建物、裏のキックボクシングジムもすべて我が家のものではないという。
 
つまり、借家暮らしです。
おまけに破産しています。
 
高級車たちは、かつて父の会社で働いていた社員の中で、父の引退と同時に離職、それぞれで独立して会社を作り、成功したいわば経営の「弟子」たちが、父に使ってほしいと持ってきた車で、平たく言えば、永久に借りているという状態です。
 
なので、父のクルマは大宮ナンバー、母のクルマは金沢ナンバーです。
弟のクルマは新潟ナンバーです。
 
昔からのご近所さんは、父が全国的に支店を展開していたことを知ってるので、あの家を常識で考えてはいけないと思っていると思いますが、新しく近所に越してきた人は、なんだこの家? とおもうことでしょうね。
 
僕はほんとに、父のことがよくわかりません。
 
家や土地、資産とかお墓とか、全部要らない人なんです。
なんにもないのに、
 
自分のためには、空手道場とキックボクシングジムの経営。
商売になんてなってないですよ。道楽です。
 
それに、日本国のためにと、今はシベリア抑留を風化させないための運動なんてことをやっています。
これも僕には理解できない。
 
まず、抑留帰還者を立てないところがわからない。
それに、シベリア抑留は確かに人道に反した、ソ連の横暴極まりない、許しがたいことです。
 
 
でも、75年も経って、どうしたいのかという。
目的が分からない。
 
それこそコリアンが「日帝の戦争犯罪ガー!」って言って、日本にたかろうとしてるのと同じようなことに感じます。
 
まあ、コリアンは事実や記録に目を向けず、感情的にやってます。
それはもちろん、シベリア抑留とはまったく異質なことですけど、何を目的としているのかが分からないんです。
 
まさかロシアから謝罪と賠償を! ってわけではないですよね。
日本人に、こんなひどい目に遭ったことを忘れるな! って言いたいわけでもないですよね。こんなの常識なんだから。
 
そんなことより、大事なことがあると思うんですよね。
自分の家を持つとか、妻をお金のことで困らせないとか。
 
一族がバラバラにならないよう、実家というものをちゃんと維持する。
老後、人の世話にならなくて済むくらいの貯金をする。
 
まず、男として当たり前のことが当たり前にできるまで我慢して、
それから好きなことやればいいのに。
 
みんなそれで苦労してるってのに。
ほんと、こんなちゃらんぽらんな人だと思っていなかった。
 
いや、もちろん何かあったときには父のことは何とかしなきゃと思ってますよ。
でも、できることとできないことがあるよ。
こっちは普通のサラリーマンなんだから。
 
子どもの頃は、こんな父を畏怖していたんだなあ。
おれ、ばかみたい。
 
しかし、感謝しています。