町内会で偶数月に発行されている【加齢蹴FCのガッツしたたるプレー新聞】の製作委員に加えてもらった。


日中はそれぞれ働きながら、夜に集合し1時間の練習後、朝まで呑み会という

サッカーを利用した不謹慎な集団だということがスグに分かり失望した。

チームの前名が【SUNフレッチュウ】と言い、SUN(朝)からフレッシュな気持ちで焼酎(チュウ)を飲むという語源らしく、おまけに最初は野球チームだったのが、町長のコネで2人追加されたのでサッカーにしたらしい



来年はラグビーにする計画があるらしい、、

伝説のスーパーカーショーに行ってきました。


パンフレットの


午後の部のスペシャルゲスト登場!


に、ドキドキしながら特設ステージにいきました。


すると


いまから50年前


【サーキットのオカミ】と呼ばれていた御婆ちゃんのトークショーでした。


ガッカリして、なんとなくトークショーを聞いていましたが


次第に話しに惹きこまれ、イベント終了の時には大粒の涙を流していました。


カツどん食ったのになんで負けた!?と言われたときに


古い油で揚げたからや!と居直った話は一生忘れません。


来年もまた行きたいと思いました。


危険人物取扱者の資格を取りにいった。


僕が取るのは1番簡単なもので、雄4種(通称オスヨン)といって


小学生と中学生、それから65~68歳と100歳以上の男性の取扱の資格だ。


先輩が取りにいったのは【兵種:へいしゅ】といって、世界中の軍人を取り扱うという過酷な資格だ。


生命保険に6本も加入してからこの試験会場に向かっていると聞き、絶句した。



この春、後頭部に入部したが


毎日毎日後『エンズイ!エンズイ!』と頭部を鍛えあうだけだったので


つまらなくてやめた

今回の事を非常に残念に、と同時に大変遺憾におもっております。


当初、打ち合わせの段階では今回の作戦、ミッションは私が先陣を任されておりました。


栗さんには


『アナタ以外に誰が出来るのですか?』と声をかけていただきました。


私も、それが自分に最適であると判断しました。


私のスッテンコロリンから始まり、栗さんや蜂さん、そしてウスさんと連携し


猿を懲らしめるという予定でしたが


猿が私を踏まずにスキップで家に入っていきましたが、


私もそれ以前に様々な現場で身を持って色々と体験してきておりますので


仮に出番がなくても、ミッションが達成できればそれでいいと思っておりました。


違う現場では、私の奪い合いで、私自身が世界を飛び回った事もありました。


不測の事態というのは付き物ですから。



クライアントのカニ氏からは、


『行きにダメでも、家から逃げ出す時は確実に君を踏むから安心して欲しいガニ』と説明をうけていました。


ところが、私を踏む直前に、ウスさんが屋根から落下し、猿をつぶしました。


結果的に、私は玄関先に放置されて、出番なく終了でしたが、


その事をどうこう言っているのではなく


出版の際に、何故私の名前はおろか存在すら記載しなかったのか?


ということを、確認したいと思い、今回の行動となりました。


納得のいく答えがでればいいのですが、


私を、命のない、中身のない、ただの皮として扱っていたのであれば


徹底的に、断固として戦うつもりでおります