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きみちく

もともとのブログ名は「君もちくわをこへ食べしないか?」省略して「きみちく」。

方向性が次屋三之助な様相に。



私は面接が苦手です。でも、ちょっとだけそんな意識を変えてくれた面接がありました。


その面接、私が泣かなかった事が、面接官サイドでしばらく話題になってました。


色々と事情がありまして、私、市役所の人事課、広報係でアルバイトしてたんです。皆様、「蔵さん蔵さん」って可愛がってくださってました。


で、そんな私が、公務員の面接試験を受けた時の事。


当時の市長と、面接官が四人、それから補佐がサポート役でついてました。


市長から、「君が子どもを育てる上で、一番にこれは教えておかないといけないと思う事は何だ?」と聞かれたのです。


「人を思いやるという気持ちです。…思いやる事ができたら、人に優しくもできます。だから、まず一番に人を思いやる事を知らせていきたいです」


そう答えたら市長の顔が仁王像に。


「アンタら保育士というのは、事を難しく考えすぎる!ごちゃごちゃと理屈を~」とぷりぷり。


「挨拶だろう!」と市長から一喝されました。



「それが人間関係の基本だろう!」と続く市長の言葉に、ああ、そっか!それも基本的で、大切な事だ!(・・;)と思ったので、のんきな私は市長の話を聞いてました。



で。



市長が息を切らして、一通りお話が終わったので。




「ありがとうございました(・△・)」と一言。




市長は、「は!?」と豆鉄砲くらったかの様にきょとんとし、並んでた面接官のおじさま四人も「!?」と顔を見合わせてるし。


唯一、面接のサポート役の補佐だけは、くっく、くっくと笑いを噛み殺してますし。


え、私へんなこと言っちゃった!?と慌ててしまって…



「あ、あの、大事なこと、教えてくださったんです…よね?なので、ありがとうございました…、なんです、けど…」


はわわ(@△@//)と説明したら、市長が座り直して「いや、こちらこそ…聞いてもらってありがとう」と頭を下げられて。


「あっ、いえ、教えていただいたの私の方ですし!」と私も慌ててぺこぺこ。



変な光景。(By 後日、補佐談)



ぎゃあああ、はずかしい、はずかしいよー><、って半ばパニックになってる所に、補佐が「市長、そろそろお時間なので」って会話を切り上げる助け舟を出してくださいまして。


で、翌朝。



「蔵さんだけだよ、泣かなかったの」と、バイト先の人事課で言われました。


「蔵さんは、別に難しい事言ってなかったと思うんだけどね、それまでの子たちとの面接で市長、相当来てたんだよねえ。ほんと空気悪くって、皆かわいそうだったなあ。いやあ、でも蔵さんのあの返しは俺も考えてもなかったから、市長なんてもっとだよ。すっごいびっくりしてたもん。笑ってごめんねー」



朝から部屋に補佐と係長たちが既に集まってて、その話でもちきりだったそうです。


「泣くどころか、市長に一撃食らわした」って、面接官もびっくりしてたとか。



って、私、別に攻撃するつもりはありませんでしたよ!?Σ(;■;)


「でもねえ、市長、蔵さんの事気に入ったみたいだよ?あの子どういう子だ?って聞かれたから、三月まで広報でバイトしてますよって教えといた」って補佐にこにこ。「あの市長が、ありがとうとか言うなんてねえ。びっくりしちゃった」と笑ってました。


「面接室から出てくる子たち、皆泣いてたんだよなあ。バス停まで泣きながら歩いて行ってるのが、広報室から見えててさ。蔵さんも泣かされるかなあって思ってたんだけど」


心配無かったみたいだねえ、と係長。


その市長は、結構キツイ事を言うそうで(私には甘々のおじさんでした^^;)、でも言ってる事は、あながち間違いじゃないんですよ。


そういう所、理解者が増えるといいんでしょうけれど、本人は自分のためにはあんまり動かない人だったので、もったいないなあと思います。



そんな市長、面接の三日後くらいに、ひょこっと広報係の部屋をわざわざ覗きに来て



「おー、ここに居った!(^▼^)」

「え!?あっ、はいΣ(゚∀゚;)」←床に正座で作業中だったのでびっくり。

「何しとるんだ?(。_。 )」

「引越しされてきた方に広報をお渡ししようと、バックナンバーを揃えてます~^-^」

「そうかそうか、がんばれよー♪(^ー^)」


と嵐のように去って行きました…。

(補佐の話だと、それから始まる議会に向かう途中だったらしいですが、寄り道してくれたんだそうです)



私、上手く話せないんですけどね。大抵、慣れてくるまで、相手は「何が言いたいのか分からない」と言いますから。「蔵語」って言われた事もあります(ーー;)


だから、面接は本当に苦手。


でも、苦手がって逃げてないで、綺麗な言葉で飾るより、そのまんまぶつかっていく方が私には良いのかなと、その面接で学ばせていただいたので。


怖いなあ、嫌だなあって思っちゃうと、ますます面接が苦手になっちゃうから、


ほんの少しの時間ですが、面接官の人のいい所を見つけて好きになれたら、緊張しないで話せるのかな、っていうのが私の持論になりました^-^


面接官の方も、受ける側も、一期一会の精神で、お互いに気持ちよく面接できたらいいなって思います。面接官の方は厳しくするのもお仕事だから、受ける側の心がけ次第で良いご縁になるといいですね(*^-^*)

トリプルゾーンを観ていて、ふと。



自分が受験の頃ってどうだったかなー、と。


そういえば、周りの友達は皆悩んでました…。



私は結構前の時点で将来への道を決めていたので、「受験はその道に進むための一歩」だったのですが、友人たちは「やりたいこととかまだ見つからない。何のために受験するんだろう」って、そこで悩んでたんですよねー…。



あの頃はまだぼんやりしてたので上手く説明できなかったんですけど、今だったら彼女たちに言えるなあ。



「未来の自分がやりたい事をできるように、見つけられるように、自分の可能性を広げるため」



これは私の意見なので、世間一般からはズレてるかもしれませんけど。



もし、まだ見つかってないのでしたら、今頑張っておけば、やりたいこととか、できることとか、将来への選択肢が増えるかなあって思うのです。



やりたいことがまだ見つからない、迷ってる、って方がいらしたら、無理に見つけようとあがくより、今できる事を、っておすすめさせていただきます。



最後の、一分、一秒も、大切に、諦めないでください。



きっと、頑張った経験は、未来の自分への贈り物になります。



体調に気をつけて、受験を乗り越えてくださいね(*^-^*)

前回のブログで、中学時代のいじめの事について触れたんですが。



…本当ならこんな所で触れたくない過去ですけど、でも友達のおかげでその傷はきちんと癒えているので。何かの足しにはなるのかしら、という思いと、私の大切な友達へという気持ちも込めて、前回の記事のいじめについて、少し遡って書いてみたいと思います。


お付き合いいただけた方に、何かが残ってくれたのなら嬉しいです。




そもそものいじめの発端は、「中学に上がったら、いじめというものがあるらしい」という噂でした。



「いじめないと、自分がいじめの標的になるかもしれない」と、小学校の卒業間近で生徒たちの噂になってました。


怖いですよね…^^;

小学生の発想だからなのか、小学生らしからぬ発想なのか「やらなきゃやられる」って…


上に中学生の兄や姉がいる子からの情報だ、ってまことしやかに流されたその情報。誰もが怖がってました。だから、入学と同時にいじめなきゃ!みたいな風潮が出来上がってた…という^^;



つまり、「誰でも良かった」んです。


相手にやり返されなくて、自分が安全圏に居られれば良かった、と後日いじめっ子グループに居た子に言われた時、真知たちは本気で怒ってましたけど。


まあ、私はこの通りトロいしのほほんなので、格好の標的になったわけですね。


でも、最初は本当に学校中で味方はたった一人。幼馴染は意に介さず、普通に接していてくれました。もう一人、しょっちゅう構いに来たりして、もしかして味方しててくれたのかなあって男の子もいたのですが、その子はその子で火種の原因にもなってたので、またこれは別口で。



真知たちも、最初は傍観者だったのです。


真知とのんちゃんが幼馴染でよくペアになってたのですが、ある日二人が喧嘩しまして。組む相手が居ないから、と真知が私の所に来たのです。


「もう、口もききたくないの!」とぷりぷりと。


「でも、私からみたら、真知ちゃんとのんちゃんは本当に仲良いよ?きっと仲直りできるから、その時に言いすぎちゃったなーって後悔しないようにね?^^*」と、久しぶりに誰かと組める事や、その相手に一時とは言え、私を選んでくれた事が嬉しくて、真知がのんちゃんとの亀裂に不安を抱えた時も親身になれたのですけど。



ある日、真知がのんちゃんを連れて「ありがとね、仲直りできた」って報告に来てくれました。


またひとりぼっちになるのか、ちょっと寂しいな、と思いつつも、でも真知は真剣にのんちゃんとの事で悩んでたから、「良かったね!」って笑顔で送り出す事が出来たんですけど。


「…でさあ、そこで相談なんだけど」と、真知は「ペアでやるメニュー、三人で組もうって のんに話したんだ。蔵はそれでもいい?」って聞いてきてくれたんです。「蔵をほっとけないでしょう?」って。


「私と一緒にいると、真知ものんちゃんも意地悪されるから、喧嘩してるって事情が無くなったんだもの、それはまずいよ、駄目だから」と断ったのですが、真知とのんちゃんは「一人のとこが、三人になればちょっとは軽くなるでしょ」「”ひとりぼっちは淋しいんだから、友達は大事にしてね”なんでしょ?」と、傍についてくれました。


ありがたかった。…でも、内心、真知とのんちゃんに危害が及んだら、と思うと気が気じゃありませんでした。


幸いにも、真知とのんちゃんには上にお姉さんが居たので、縦社会?みたいなものを恐れて、いじめっ子グループの標的は私から移らず、安心して一緒にいられるようになったのですけど。


そこへ、バスケ部の中でも長身の浦が、ある日ひょこっとやってきました。



「あのさあ、私もそっちに行っていい?」と。


「…いい、けど……いいの?」とぽかんとしながら迎えた私たちに、浦は「なんかあっちに居るの、気分悪い」「私は仲良くやれた方がいいもん」って飄々と言うんです。


「えーとね、こっちに来ちゃう事で、浦ちゃんも意地悪されるかもしれないんだけど……」

「…するよりされる方がマシかもしれんって、最近アンタたち見てて思うようになった」


私より真知達の方が手放しで受け入れてましたけどね。浦にもお兄さんが居たので、被害が及ぶ事は無く、安心して私も傍にいられました。


日々の細かな意地悪は続いているものの、仲よくなった四人組は、これはこれで結構しあわせに暮らしていたんです。そんなある日、アサちゃんという、いじめっ子グループの一人がグループからはじき出されてしまいまして。


自慢グセが鼻につく、とはじき出されたアサちゃんが、一人ぽつんとメニューをこなそうとしてるのを見て、まだ一人だった頃の自分と重ねて寂しくなって…。「アサちゃんは、アンタに意地悪言ってくる奴でしょうが」「勝手にしなさい」と真知達は怒りましたけど、でも私がアサちゃんに声をかけて連れてくるまで、メニュー始めるの、ちゃんと待っててくれましたっけ。


アサちゃんだけは私から声をかけたし、この時ばかりは本当に賭けみたいな気持ちでしたけど…。意地悪というなら既にグループからは標的にされてましたから、「一人じゃできないし、寂しいよね、一緒にどう?」って言葉に、素直に応じてくれました。なので、グループの子達が1週間程で彼女に「戻っておいで」って言ってくれた時はホッとしたんです^-^


ちょっと気まずそうにしてたから「良かったね^-^」って、背中を押させて貰いましたけど。それでも時々、こっちに来ては一緒にメニューをこなす日々が出てきました。


…根っこから悪い人なんて居ない。きっと、何か事情がある。彼女たちの場合、それは「怖い」って気持ちから来てるんだろうなあ、皆が安心できるといいのに、と。当時の私はそう思ってました。


結局、私が誰よりも安心できる所に居たからなんですよね。今でもそう信じてます。


だからこそ、リーダー格の山田さんをいじめようって話が持ち上がった時に、「仕返しとかしたくない」と断る事ができたんです。


仕返ししたって、悲しむ人が増えるだけで、何の意味も無い事だもの。

それに、ひとりぼっちも、意地悪も、それがどれだけ悲しい事だか、よくわかるから。



真知が、のんちゃんが、浦が、アサちゃんが、傍観者という立場から自分も危害を受けるかもしれないのに、私の傍に来てくれたから。そんな彼女達は、いじめっ子グループについたりしないって信じられたから。



私は、しあわせでした。



いじめをしている子達も、いつ自分が標的にされるかって怖くてたまらなかったそうです。


自分がしているみたいに、皆が、その場に居ない自分の悪口を言ってるんじゃないかって。



アサちゃんや山田さんみたいに、今度は自分がはじかれたらどうしようって。



する側も、される側も、こんなに辛くて悲しくて不安で無駄な経験は無いと思うんです。




いじめが、消えて無くなる日が、来ますように。


願わくば、今、辛い思いをしている誰かに、心から信じられる人が見つかりますように。





いつか、私が経験した事を誰かの役に立てるために本にするんだ、と、メモを残してたんですけど。

どちらかと言うと、されていた意地悪の内容や相手の名前ではなく、真知達との出来事が主だった事に、我ながら馬鹿だなあと笑ってしまいました。そして、それらの事は心に留めてあるから、と随分前に処分してしまったので、本当にただの備忘録になってます。すみません。


辿たどしくもまとまらない長文におつきあい下さり、ありがとうございました。


あっきーの所のブログにコメントを書いてて、ふっと恩師に掛けて貰った言葉がよぎったので、それと付随する思い出の備忘録として。毎度のごとく、とりとめもない長文です。



短大時代、美術部にいた頃の事です。


一応、子どもを育てる一貫として、美術の授業もありまして、地元では名が通っていたらしい油彩の先生もいました。


おじいちゃん先生で、「栗ちゃん先生」と私も慕ってました。穏やかな人柄なので、栗ちゃん先生、結構モテてました^-^ 私のグランドファザコンも、栗ちゃん先生の名前を上げれば、周囲に理解してもらえました(笑)…と言っても、私の場合は恋愛感情とは別物で、猫が懐くみたいなのに近いです。


そんな栗ちゃん先生に言われた、衝撃の一言。



「…蔵さんの目で、世界を見てみたいねえ」



君の目には、世界が綺麗に見えてる。きらきらしてるんだろうね、若さかな。私は、もうそんな風には見えないから。


澱んだものも、汚いものも、たくさん見てきた。だから、私にはもうそんな風には描けない、と描きかけの絵を見て言われました。



私、3歳の頃から、それはもう泣かされまくったいじめられっ子でして。


3歳の時に、5歳児クラスと縦割り合同クラスで生活してまして、2つ上の男の子に髪の毛引っ張られるわ、こづかれるわ、作ってた粘土やおもちゃ取り上げられるわ、とトロいし、しょっちゅう泣かされました。


今だったら、「不細工なのはわかってるから、そっとしといて」って言えますけどね。


ただ、怪我をする様な真似だけはされなかったので、その辺はありがたく思ってます。




えーと、だから、割と人の汚い部分とか見てますよ、って言いかけたのですが、まあ、いじめられっ子だった反面、友達には随分恵まれてきたっけ、思い返して何も言えなくなりました。


私が見ている世界が、他の人よりも綺麗なのだとしたら、友達に支えられてきてた部分が大きいなあと。


私の友達は、何があっても私を裏切らないで居てくれたし、私も、裏切るとか考えた事がない程に良い友達が持てた事を誇りに思ってます。



中学1年の頃、いじめっ子グループが、自分たちの旗色が悪くなってきた時に、リーダー格の子を「一緒にやり返さないか」って言ってきた事がありまして。


彼女のやり方に、自分たちも反感を持ってた、あなたは十分にやり返して良い立場にあるんだ、私たちも協力するよ、と。


仕返しとかしたくないから、別にいい、って断って友達の輪に戻ったら、「蔵の馬鹿、いじめられなくなるチャンスだったのに!」って叱られました。


いじめっ子グループの彼女たちがいじめをやめようって思ってくれたのは正直嬉しかったのですが、でもそれってなんかちょっと違うなあ、と思ったので、大切に想ってる友達には思った事をちゃんと伝えました。


今度は山田さんがいじめられる事。

私には真知や浦、のんちゃんみたいな友達が居たから耐えてこれた事。

山田さんがいじめられる事になったら、山田さんはひとりぼっちになる事。


「山田さんがひとりぼっちになるよりいいかなあって。でもごめんね、また意地悪が続くかもしれない。ただでさえ皆に迷惑かけてるのに」って思った事をそのまま伝えたら、「蔵の馬鹿!」「甘ちゃん!」「だから蔵はいじめられるんだってば!」「でもそんなトコが好きだよ!」って、がしがしぎゅうぎゅう抱きすくめられて、大声で泣かれました。


自分もほろほろ泣きながら、皆を泣かせちゃった、と思いながら、ふっといじめっ子グループを見たら、居心地が悪そうに見てましたけど。



結果、山田さんはいじめられる事なく、私へのいじめもその日を境にぱったりと無くなりました。


山田さんに、グループの皆がしようとしていた事を誰かが話したらしく、事情を聞かれた真知が私が言った事をそのまま話したそうで、山田さんから呼び出しを受けて「悪かったわね」と謝られました。


私の場合はいじめがきっかけで、本当に大切な友達が出来たわけだから、別に怒ってないし、山田さんの周りの彼女たちもどうしていいのかわからなくなっただけだと思うよ、本気で裏切るなら私にお伺いなんて立てないと思うんだって話したら、「あんたって、ほんっとに…」って山田さんに盛大にため息つかれましたけどね。


まあ、それ以来、山田さんとも普通にやりとりしてました。


いじめっ子グループだった面々は私たちを羨ましそうに見てましたけど、あの経験を一緒に乗り越えてるものだから、彼女たちには立ち入れない絆があったみたいです。



そんなこんなで、私はどんな窮地になっても友達が居たから救われてきました。



だからこそ、栗ちゃん先生に「あなたの目で世界を見てみたい」なんて言って貰えたんだろうなあと思います。



あの一言のおかげで、私がしあわせに生きてきた事に気づけました、栗ちゃん先生。



ありがとうございます(*^-^*)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。って、実は昨日の夕方頃にあげたブログで一度ご挨拶してるんですが。


後輩の病気の内容に触れてたので、まずいかなと下げさせていただきました、すいません。



同僚とか友達にあの子の事を話すと、「彼氏ですか?」って言われますけど。この後輩とは、擬似親子?擬似姉弟?みたいな関係です。(部活が一緒で、部長が私、その子は後輩3人の内の1人です)


恋愛感情があったら、もうとっくにくっついてます。


不治の病は私には治せません。

でも大事な後輩が、あと1年のタイムリミットをただ待ってるだけで生きてるってのは悲しい。


「はやく良い男、見つけなさいね」とか、「変わらぬ幸せがくるようにお祈りしとくからね」とか「一人で居ないでね。心配だから」とか。


そんな悠長な事言ってる暇があったら、自分がしあわせだって思える日々を送って欲しい。私の事はいいんだ、勝手にしあわせになってるから。だから、君が今、せめて今、楽しいなって思える事をして欲しいんだ。


先輩として、何ができるのかな、でもそれは私のわがままなんだろうか、大体、あの子は何を考えてこう書いてきてるんだろう、言ってるんだろう、って、それは私の事を考えてくれたからであって、とぐるぐる考えてたんですが。


本当に、居なくなる準備をしてるんだなあと、


似た経験をしていても、私とあの子では置かれている状況が違うから。私には何ができるんだろう、って考えてたら、自分の無力さにじわっと来てしまって


そんな所に、なんか、ものすごいタイミングでブログの更新通知が来て、力強い背中と言葉に出かけた涙も引っ込みました。



あ、今、すっごい元気貰った…!


私が腑抜けてるから、後輩が心配するんだ。


そうだ、こんな所でぐだぐだ考えてるより、まずは行動しよう。


後輩が私のしあわせを願ってくれるんだったら、じゃあ、私は私でしたい事をしたいようにしようって、会ってきました。


思っていたよりは元気そうで、ひとつ安心。こっちの元気も分けて来れたと思います。


思いつめた顔して目を潤ませてたのに、携帯に届いた一報で一気に表情が変わったらしく、カウンター席の向かいに座ってたお兄さんたちもびっくりしてました。


まだ、背中押して貰わないとってトコがアレですけど、うん。良いスタートだったかな!って思います。