成宮寛貴は、新宿二丁目にあったイタリアンレストランで働いている時に、その店の常連であった宮本亜門に見出だされ、宮本演出の舞台に出演したことが芸能界入りのきっかけと言われている。
その店『P』は、今は無くなっているが、21時を過ぎる頃から芸能界関係者で毎夜賑わう、知る人ぞ知る有名店だった。
ジェフが腕を振るう料理は、グランドメニュー以外にもシーズナルメニューも充実していて、食へのこだわりが強い人の多い芸能界関係者の舌を満足させる味だった。
その店を実質的に取り仕切っていたのが、Mという人物で、営業中はフロア係というか、テーブルを廻って芸能界の様々な情報を雑談風に交換し合うのであった。
サービス係は、Mが面倒を見ている役者を目指す若い男性が数名で担当していた。
プロデューサーや演出家などが来店すると、サービス係の彼らと然り気無く顔合わせさせるのである。
そんなMの元から巣だった役者には、古くは天宮良、そして成宮寛貴もまたそうである。
Mはその時の一押しの子の芸名には必ず『宮』という一文字を入れる。
ちなみに現在売り出し中の役者にも、確かに『宮』の字が使われている。
Mの眼力は確かで、他にもジャニーズ事務所のあるグループに在籍していたアイドルの実弟や有名俳優の息子等も、Mの下で無名時代に大きな舞台で主役を務めている。
Mのやり方が特徴的なのは、面倒を見ていた役者が大きく巣立ちそうになると大手の芸能事務所を紹介して、その移籍料を得るという仕組みをとっている点である。
つまりMは、明日の役者を発掘するのが大好きなのであって、決して大手芸能事務所の経営者になりたいわけではないのである。
天宮や成宮はそのルートに乗って成功した。
そのような実績があるからこそ、連日レストランも盛況だったのである。
今は多くの芸能事務所が独自のオーディションを行うのが主流で、Mのような人物やそのようなやり方もほとんどなくなった。
レストランで働きながらチャンスを窺うやり方は、すぐに答えや結果を欲しがる現代の風潮には合わないだろうが、そこで培った礼儀や社会性は、仮に芸能界で結果を出せなかったとしても、決して無駄にはならないという点で、本人には有意義である。
芸能界を去る成宮も、かつての経験が今こそ生きてくるかもしれない。
