今日は「サナカンダ」について考えてみたい。1980/12アルバム「EVERY NIGHT」に集録されている。「つめたい部屋の世界地図 」でも書いたように陽水には海への憧れがあるようだ。同時に大麻による執行猶予2年が終了した年が1979年であることも関係しているのではないだろうか。長い間の緊張感から解放されゆったりした気分でのんびりしたかったのかもしれない。それにしても南の島である「サナカンダ」にはどんな想いがあるのであろうか。陽水が作った造語だとしても何か意味があるに違いないが、これ以上は単なる想像の世界になり、また古傷に触りかねないのでここで止めておきたい。
「小鳥のうづまく島が サナカンダ 光がうらやむ程の アイランド」。前半のこれらの部分は行ってみたい南の島の素晴らしさが語られている。しかし後半、特に「長い海岸線が言う 私に曲らせて サナカンダ 風の感情線が言う 私に怒らせて」の部分は、何かを思い出したのか、怒りの感情が現れているのではないだろうか。これまで受け入れ素直に従ってきたことに対する否定的な感情、剥き出しの感情ではなく心の奥底に仕舞い込もうとする感情が見え隠れしている。前作の「White」や「スニーカーダンサー」には見られないものである。
「願いと 望みのものは決めたんだ たとえば過ぎゆくものじゃなく」。これから取り組んで行こうとすることを再確認しているのかもしれない。それは同時に過去のやり方からの決別でもあるようだ。「想いをかなえる島が サナカンダ いずれはなくなる程の アイランド」。そして抱いている怒りの感情もやがて消えて行くであろうということか。「嵐も近づいた サナカンダへ Let's GO」。しかし怒りの感情が徐々に消えて行くにしても、これからの道のりには、多難な局面が待ち受けているだろうと予感しているようだ。