火皿の煤を麻ぎれで拭いながら風に揺らぐ草叢の影にじいと目を見遣る。そこには、精悍な眉を高くあげ目を力任せに見開きしかし緊張と死の覚悟で押さえきれない興奮で震えている小柄なアイツがいた。彼の体より大きな火縄を抱え、私の後についてこようとするコイツは、どうしようもない馬鹿だ。
1/9 1:49

「着いてくるなっていっただろ」私の課題は五年生向けであり、アイツが持っていた課題は四年生向けだった。僕らは二人で課題をしている。身を潜めた木々の隙間から、ところどころで砂煙が上がるのが見える。炮烙火矢の破裂音。怒鳴り。刃掠れ。法螺吹きのごおうとした音が戦場に響いた。
1/9 1:57

梢から見える赤い地平線。タソガレドキは爆薬を使うのが余程好きらしい。「死にますか…?」「普通は死ぬな」虎若がぱきりと手元の枝を折る。「じゃあ普通じゃないときは…」「お前は死なないよ。だって私が守るから」ガチンと空打ちをして、私は答える。「私が死なせない。田村三木ヱ門の名に掛けて」
1/9 2:05

三木の一人称が安定してないぞ…「私」だ「私」!
1/9 18:29


哀れな子猫が道を忘れ迷い込むのは必ず医務室の前に群生した雑木林めいた庭である。学園長が手入れをし、御目を喜ばしているらしいが、それが逆に人に見付かりにくく侵入に容易い経路を造っているのを本人は知っているだろうか。多分知らないだろう、と竹谷は思う。
1/4 21:25

だから竹谷は、迷い込み、人に発見もされず、腹を空かせている子猫たちの為に水と食堂のおばちゃんに頼んで譲ってもらう魚の屑を医務室の縁の下に置いていた。それがいつの間にか習慣となり、そうすると保険委員長である善法寺にバレる確率は次第に高くなる。結局習慣と化した三日目で彼に見つかった。彼は最初こそ竹谷を叱咤していたが
1/4 21:33

この頃は魚身を積んだ平皿に集まってくる子猫たちを竹谷と共に黙って眺めることが多くなった。「猫、嫌いなんですか」昼下がりの暖かな日が木々の梢から漏れる。竹谷は、柱にぼうと寄り掛かり猫を眺めるだけで近付こうとしない善法寺に声を掛けた。彼はいつもこの調子だ。
1/4 21:41

竹谷がやってくると子猫を驚かせないように襖を静かに開いて出てくるくせに、目線をやるだけで猫自体には指先さえも触れたことがなかった。善法寺はその言葉で目を少し開き、不思議そうな顔をして竹谷を見た。「嫌いじゃないよ」いつもの優しくて穏やかな口調で言うものだから、
1/4 21:47

竹谷は猫の首回りを撫でる手を一瞬止めてしまった。てっきり彼が博愛主義者であると思っていた竹谷は、心の片隅で期待を裏切られたような気分になる。善法寺はそんな竹谷を気にせず言葉を続けた。「ただ、病原菌とか気になって、純粋に可愛いって思えないんだ」そんな自分の方が嫌い、と善法寺は軽く笑った。
1/4 21:55

「ああ」竹谷が子猫の腹を撫でながら頷くと「わかるの、早いね」流石生物委員長代理、と善法寺はおかしそうに言った。竹谷は代理は余計だろうと心の中で詰る。この先輩にはからかわれてばっかりだ、と思った。「要するに、善法寺先輩が保険委員長ってことでしょ」擦り寄る子猫を持ち上げて竹谷が心得たようにそう言うと、あたり、と善法寺は満面の笑みをその顔に浮かべた。
1/4 22:00

今日の夜は手が悴む寒さで、私はアイツに無理をするなと声をかけた。きっと明日の朝は益々冷え込む。普段からその小さな身体を無理に使うアイツのことだから空気も凍りつくような寒さにまでも耐えようとするだろう。それは奴より年長の僕としてもそう簡単には見過ごせないことだ。「無理は、身体に毒だぞ」
1/6 1:54

新鮮な霜柱を踏み砕きながらしんと凍った外へ出ると、質素な造りの庭先にアイツがちんまりとしゃがんでいた。薄れた橙の襟巻きを首にして赤の半纏を羽織るその姿は小さく赤い雪だるまに見えなくもなかった。「どうした」声を掛けても小さく首を揺らすばかりでこちらを向こうともしなかった。
1/6 1:58

なにかあったのかと途端に心配になり、大きな花をつけた椿の木の下に赤く縮こまる奴の隣にそっと歩を進めその場にしゃがむ。次いで顔を覗くと、奴はその小さな目に温かな涙をほとぼらせ、まだ霜柱が立っているのにも構わず皹の手で必死に土を掻き集めていた。「おい、とら」「虫は、虫は、死んだらお墓を作ります」
1/6 2:04

「もし虫が、踏まれたりしたとしても、僕はお墓を作りました。なのに」ざっざっと皹から血を出しながらも懸命に手で無数の土山を作る奴は、あまりにも甘ったるくあまりにも仏に近かった。その慈悲は偉大で、尚更奴を遠くに引っ張り込んで陥れようとしていた。「虎若、人間はな」だから私が彼が身を捨てる前に捕まえなければならない。
1/6 2:09

「死んだら、結局土か煙か食べ物にしかなれないんだ。そんなのにお前の慈悲がいるか。私ならいらないよ」最後に虎若、と呼べば、奴は僕の肩に寄り掛かり鼻を啜っていた。奴の皹した指先をとり、私の湿った唇に重ねて「大丈夫」と囁けば奴は目尻を弱く下げて、それは笑ったようにみえた。昔、一番星を指差して、私に教えてくれた指。夜の中にある天昴はきらきらと変わらずに身を燃やしていた。
1/6 2:17

ただ、虎若、私が死んだとき、お前は私のことだけを祈ってくれないだろうか。私の業を寄せ集めて土の山を作ってくれないだろうか。お前の涙はこんな、無駄なことで流すものじゃないんだ。まだお前には親がいて、照星さんがいて、いっぱいの佐武の人々がいて、私がいるじゃないか。だから、だから、泣かないでくれ。
1/6 2:22

虎若が人を初めて殺した日、その翌朝には雪が積もりしんしんと深く音を吸収した。あの夜から二度と奴は泣かなくなった。代わりに雪が降ると雪だるまをせっせと作った。小さいのも大きいのもたくさんだ。そして全てを終えたら、大きな石の礫を力一杯それらにぶつけ、またボロボロの雪に戻っていく様子を静かに見ていたのだった。
1/6 2:44

「慕情というのは苦手でね」冷たい唇のかさついた表面。それが僕の口端を撫でるとき、僕は内側に火照る炎を燃やしている。柔らかくいっとう薄い膚に覆われたそこは、僕の唇に触れることはない。柔らかさ。温度差。安心感とかすかな裏切り。湿った表面を彼のものに押し付ければ得られる様々なもの。
1/8 17:57

しかし僕は動かずに、人膚に温まった吐息を頬でただ感受する。彼が動くのを待って、それから考える。緩やかに続く愛撫。ねぇ、でも雑渡さん。「慕情は苦手でも」僕は太い首に腕を回し、ちゅ、と音を立ててそこに吸い付く。乾いた表面を舌で舐めると、彼の薄い舌に掬われて吸われた。軽く噛まれ、舐められる。
1/8 18:04

ぬるぬるとした滑りと人膚より少し高いそれは、僕と雑渡さんの気分を高揚させるのには十分だった。舌を絡ませるとざらりとした味蕾の感触が咥内を支配した。そのまま舌先でつるつるとした彼の舌を舐めて、弱く歯をたてる。彼は僕の舌をちゅっと吸い、柔らかく湿った表面をくすぐる。頬に当たる吐息の暖かさや合わさる唇の湿りに僕は喜びを感じる。口を少しずつ離せば、泡立った唾液が口端から少し流れた。彼はそれを舐め取って恥ずかしそうに目を細める。「口吸いはお上手ではないですか」
1/8 18:10

弾む息に言葉を隠せば、ぎゅうと力任せに抱き寄せられた。「これも全部、君のためだよ。伊作くん」頬に唇を寄せられ、僕は何も言えず、ただ忍び笑いを殺すことしかできなかった。
1/8 18:10