すげー長い前フリになった。


で、このGWに、

3度目のセブにいってきた。


今回はもちろんメイに会えるかどうかが

重要なテーマだった。


日本から事前に連絡をとろうにも、

携帯にうまくつながらない。。。


一人きりの3泊4日の突撃旅行になった。


初日、

ホテルについて、

そのまま着替えて、

カジノのあるウォーターフロントセブに直行した。


心臓はバクバクいっている。

現地で借りた携帯からもなんどか電話したが、

やはりつながらない。


「いるのか?いないのか?」

「4年ぶりだし、結婚でもしてるかも。。。。」

「そもそも辞めてるかも。。。」



いろんなことが頭を駆け巡る。



エントランスで

100ペソの入場料を払って、

カジノの中へ駆け出した。。。



何人か見たことのある顔のお菓子売りの子たちがいる。


そのうちの一人が俺だと気付いた。

皆覚えていてくれて、

特にイダは大喜びしてくれていた。


が、

メイがいない。



聞くと、辞めて銀行員になる為に勉強をしているらしい。



がーーーーーーーン

と打ちのめされたが、

すかさず連絡が取れないか頼んでみた。


皆、仕事がおわったら電話できるのでと快く

応じてくれた。



初日、カジノ成績

+12000ペソ(約、3万円)

とまぁまぁの勝ち方をしていたので、

お菓子は買いまくってあげていた。


懐かしんでくれているのか、

おかしをかってくれたからなのか、

とにかくみなすごく親切だ。


イダが、

「今晩3時に終わるから、そこからみんなでクラブにいこう」

とさそってくれた。


一人旅だったので、カジノいがい行く事はないかと思っていたが、

現地のクラブ(前回は生バンドのところだったが)にいってみるのも

わるかないだろうと同行することにした。



すげー。

とにかくすごかった。フィリピンのノリはすごい。

コリアンも多くいた。なぜか異常におしゃれな感じだった。

俺もコリアンと間違われたが、

カジノからのお菓子売りの子達が取り巻きのようにすわっている。

俺らの席は大はしゃぎだ。


さけはひっくり返すし、ダンスで勝負のようになって、

「お、そうくるか?じゃあこうだ」的なノリで

日韓フィリピンのダンス対決のようになった。


大はしゃぎで一日目が終わった。

まわりからも一目置かれるような、

えらい盛り上がりをみせていた。



が、

クラブの中で撮った

デジカメを後日みたら、

どうみても、

フィリピンパブでよっぱらっている

日本人のおっさんにしかみえなかった。

かなり盛り上がって、すかして踊っていたつもりだったが、

めも当てられないような写真だけがのこっていた。


つづく 





















と、

すごい長くなったが、

ここまでが4年前だ。



その後、エンジェルは仕事で失敗し逃走。

友人は借金まみれになった。


さておき、

私は当時広告代理店に勤めていた。

休みがなかなか取れず、

セブへの思いは募りながらも、

なかなかいくことができなかった。


そして2年後、

別の友人と二人でセブにいくことになった。


突然いって驚かせようと思ったが、

なんということか、

メイちゃんは、両親と旅行中とのこと。。。。。。で、いなかった。

めちゃめちゃ落ち込みながらも、

イダやその他の子達とは話し、

携帯でメイと話すこともできた。


お互い、つたない英語でのコミュニケーションなので、

携帯で話すのはかなり厳しい。。。

どんな表情で話しているかとか、

ふざけてるのか喜んでるのかも分からないし。。。


2度目のセブは、

そんなこんなで終わった。






















駐車場にいたのは朝の4時ごろだったと思う。


明日というか今朝の6時にはみんなでホテルを出て、

空港(8時半フライト)に乗らなくてはならない。


カジノから、友人やエンジェルなどがでてきて、

ホテルへ向かった。


そのとき、イダやメイが「空港まで送る」といってくれた。

僕は、メイとイダと一緒に荷物のあるホテルへタクシーでむかった。


ホテルの中でタクシーを待機させて、

荷物をととのえてから、タクシーで空港へ向かう手はずだった。


みんなは、ツアーの送迎のバスに乗り込んでいる。

(現地のメイやイダは当然乗れない。なのでタクシーを待たせていた)


が、


荷物をもってくると、なぜかタクシーが待っていない。


バスは出発して門のところにいる。


あわててホテルにタクシーを手配させようとしたが、

1時間かからると言われた。


「やべぇ、日本にかえれない」


当惑していたら、

イダがホテル内で植木を刈っているおっさんに交渉して

空港までおくってくれるよう頼んでくれた。

(もちろん報酬ははらうことになったが。)


日本人ではおそらく初だと思う。


空港へ、

軽トラの二台に、2人のフィリピンの子たちを従えて、

颯爽とDepertureの入り口へ入ったのは。


どうやって、空港へくるつもりだろうと

心配してくれてた日本の連中も、

軽トラにのってくるとは意表をつかれたらしく、

スタンディングオーベーションで迎えてくれた。



最後に、メイとイダと連絡先を交換して、

日本へかえった。


すごくすごく、

名残おしかった。