宮台真司襲撃「ニット帽180センチ男が捕まらない」理由
「週刊文春」編集部 - 昨日 17:10(2022/12/19)
ネット情報より出典
直感として「言論封殺」の匂いがする。
凶悪犯罪未解決で思い起こすのは、22年前、2000/12/30発生の世田谷一家殺人事件である。
勿論、宮台氏は一命を保ったが、行為自体は傷の状況から殺害を目的としたものに違いないことが伝わってくる。
ビデオカメラに犯人の全身像、歩き方、顔は隠されていると言っても一部は見えていて、22年前とは大きく違っていて、今日の改造技術を持ってしたら相当の確率で犯人像が視覚認識できるのではないかと思う。
記事では、捕まらない理由を余談なく、恣意なく報じているように思える。
しかし、「なぜ捕まらないか」の点を考えると、そこには「ある種の恣意」を直感する。
伊藤詩織氏にかかわる事件で山口敬之氏未逮捕事件の指示者中村至警察庁次長は本年、安倍元首相死亡後の8月に辞任しているが、「未逮捕」には「政権への忖度」が警察の思考として伝わってくる。
その、傾向は現在も五輪汚職、外苑再開発などに関する、検察の動向も含めた警察組織の思考を感じる。
宮台氏は社会学者、哲学者などの観点から社会の矛盾を論理的に述べることも多く、時としては、政治批評の言及ある。
そのことが、「的確」にして実態的であることを「よし」としない人たちがいてもおかしくないと感じている。
それが、「ある組織権力」であるとするなら、検察・警察の忖度による「犯人隠ぺい」行為があっても不思議ではない。
「視覚的証拠」があるにもかかわらず「捕まらない理由」はそこにあると推測もできる。
その意味で「言論封殺」を実感できる。
だが、そういった、組織的陰謀説・都市伝説論でないとして「視覚的証拠」があるにもかかわらず捕まらないとしたら、日本の検察・警察の「体たらく」を意味するともいえる。
忖度に能力を使うあまりに、本質的な社会的責任を忘却してしまっている結果なのだ。