香港民主派の周庭氏、黄之鋒氏ら収監 デモ扇動など有罪
香港の西九竜裁判所は23日、民主活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏や周庭(アグネス・チョウ)氏ら3人に対し、昨年6月に「逃亡犯条例」改正案に反対するため警察本部を包囲するデモに参加し、デモ参加者を扇動した罪で有罪との判断を下し、即日収監した。
具体的な刑期は12月2日に示される。 【画像】「日本オタク」周庭氏の戦略眼 3人が罪に問われているのは、湾仔の警察本部を数万人で包囲したデモについて。
黄氏は23日朝、裁判が始まる前に記者団に対し、「デモを組織し、無許可のデモに参加したことを認める」と話した。
黄氏らは逃亡犯条例反対デモによって警察が若者らを拘束したことに抗議し、釈放を求め、約16時間にわたって警察本部を取り囲んだ。 香港メディアによると、未許可のデモに参加するよう他人を扇動した罪が認められれば、刑期は最高5年になる可能性がある。
黄氏は同日朝、「即座に収監されても驚かない。
意見の異なる者への攻撃が続くなか、我々が生まれた街の自由を守るため、抗議の場は監獄に移る」と話した。
周氏が収監されるのは初めてという。(奥寺淳)
Yahooニュースより出典
中国共産党政権のシステム的正当性を根拠とした暴挙であると考えています。
人権を無視した「法的正当性」も「公正性」も無い行いと思っています。
その論拠は、「人は(広い意味で生命体)は生まれながらにして自由」で、その「自由の抑制」は「権利者」との「社会的合意・同意」によってのみ法的に可能であると考えているからです。
つまり、現代風に言えば「民主主義的」な合意・同意手続きの下にのみ可能ということです。
では、法的に制御される可能性とは。
法は社会的産物のシステムであって、おおよそ、人類の誕生とともに「法」(生きるための因習的ルールは別)が存在したわけではなく、人類の社会生活の環境的、状況的変容によって必要性に伴ってつくりだされた社会存続的ルールが「法」なのだと考えています。
社会存続を目的としたルールであっても、人権を無視する現実の「後発的・人工的社会システム」は「組織絶対主義」の思想の証であって、中国共産党政権や北朝鮮政権のような、独裁政治システムの下で実現可能な現実なのです。
したがって、中国共産党政権の「法に従ったもの」「国内問題」や国際社会からの反論に応える「内政干渉」との発言は、政治システムの相違ではなく、「市民社会」と「連帯社会」の本質的崩壊につながるものと考えているのです。
以上のことから、「自由の制圧政策」は「暴虐・暴挙」であると考えるのです。
尚且つ、この意見は、中国国民・市民と北朝鮮国民・市民に対するものではなく当該政権に対するものであることを主張しておきたいと思っています。
あなたは、どう考ますか。
