文春発刊の菅首相の本の「文書管理」発言の部分削除。
野党時代の発言が現在(与党)の行いと異なっているので削除したのだろうか。
だが、野党時代の発言と与党となっての発言、姿勢、態度の変容は菅氏に見られる傾向ではないと思っている。
「それが、政治の世界」と言って通用するのは政治の政界だけのような気がする。
「政治の常識は市民の非常識」を実感することが多い昨今。
そこに、政権批判、政治批判、政治風刺等の権力に対する社会的役割があると思っている。
もし、与野党政権交代のたびに「発言変更」があるのであれば選挙演説や選挙自体の意味はなくなるのではないか。
それは、まさに「民主主義の崩壊」の姿のように映ってくる。
ところで、なぜ与野党という政治的立場の変化で「主張」「信条」が変更するのだろう。
国会答弁の現状を見るとその答えが「にわか見えてくる」のだ。
およそ、野党は与党のスキャンダル追求に重きを置くことで与党の支持危機を狙う。
これは、与野党政権入れ替わっても同じ現象なのだ。
法案や社会問題の本質的審議に至っていないことを物語る現実と思っている。
ある意味「政治を語り合っていない」で「互いの欠陥を主張し合う現状」でアメリカトランプの演出する大統領選挙のようで「気分を害する」現状を強く感じる。
結果、私利私欲の政党第一主義思想を実感している。
したがって、野党時代の発言が与党時代の行いに齟齬(そご)をきたすのは、ある意味当然と言えば当然なのだ。
しかし、だから仕方ない「それが、政治の世界」を容認することは出来ないし、そのような「政治屋の集う国会」も容認できないのが心ある市民真情なのだ。
今回の、「文書管理で記録は残すべき」との部分が削除されことは安倍政権下ナンバー2だった菅氏の都合で考えたら当たり前が成立するのだ。
だが、この現実は「政治の圧倒的劣化」に至るのではないかと危惧する。
君はどう考える。