13日放送のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜・前8時)で、検察庁法の改正案について与党が15日に国会で採決に踏み切る見通しであることを報じた。

 政府が提出した改正案は、内閣や法相が必要と認めれば、定年や役職定年を迎えても、最大3年間、そのまま在職できると定めている。一方で内閣の判断で幹部人事が左右されれば、検察の独立性や政治的中立が損なわれる懸念がある。

 今後の検察幹部人事で政権による介入の余地が大きくなるとの懸念に加え、野党などは、検察官の定年延長をめぐっては、政府が1月に黒川弘務東京高検検事長の定年延長を、国家公務員法の特例規定で、半年間の延長を閣議決定した経緯がある。

 このため、今回の法案は、後付けで黒川氏の定年延長を正当化する狙いがあるとみている。

 安倍晋三首相は、これまでに国会での答弁で「疑惑隠しのための法改正との指摘は当たらない」と強調するが、野党は一斉に反発している。また、ツイッターで著名人を含め多数の国民が「#検察庁法改正案に抗議します」をツイートしている。

 番組ではVTRとスタジオでこうした経緯を紹介した上でコメンテーターで同局の玉川徹氏は、今回の法改正に「法律を変えることになると、これからずっと続いていく。禍根を残すことになる。結局、検察は公務員の中でも特別なわけです。つまり政治家を立件できる力がある。政治家からすればここが怖い。そこは独立しているから怖い」と指摘した。

 その上で「ところが、そこのトップを人事をもってある種、コントロールできるようにしちゃったら怖いものないです。自分たちは何があっても立件されないと思うに等しい」とし「それをやったら今の自民党政権とか安倍内閣の問題じゃない。ずっと続いていくわけで今後、どんな内閣ができるか分からない。その内閣が検察をコントロールできれば、それは暗黒社会でしょ。だからみんな反対している」とコメントしていた。

報知新聞社

Yahooニュースより出典

 

一般的な西洋美術史コンセンサスにおいて、かつて1000年間の暗黒の時代があります。

それは、ルネサンスによって解放されるという歴史観です。

作者の自由な発想の下での表現活動が制圧を受け、日常生活の中から個性的で個人の作者らしい作品が影をひそめた時代のことです。

玉川氏の「それは暗黒社会でしょ」から表現者の一人として連想できるだけに現実味を感じています。

著名人らの抗議が目立つのは「表現者として」権力による制圧、統制につながる危険を直感しているからではないでしょうか。

つまり、検察をコントロールできれば政策批判のデモ、集会等による主張や個人表現を通した主張を警察権で制圧し、その時、身体的、精神的被害を受けたとして、刑事告発したとしても、政権寄りの恣意によって検察の段階で不起訴となる可能性が圧倒的に高まるということなのです。

その意味では現代版「暗黒社会」とは表現の自由の抑制が現実の社会ということなのです。

君はどう考える。