青春リアル | 晴れわたる青空の下で

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人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

今、いじめに苦しんでいる10代の皆さん、いじめは絶対に無くなります。私たちは必死に生き抜くことによって、絶対にいじめの無くなった世界をあなたに見せてあげる。
私たちはあなたたちの味方です。
私は一歩だって引かない。いじめは絶対に無くせる。命の底からの願いを、叫びを、希望を必ず叶えてみせます。
……認識の差異がどんどん浮き彫りになってきていますね。
相変わらず、犯罪被害者に対する配慮を欠く発言を繰り返す人もいる。
今回は、ほたてさんの声に答えて具体的にどうなのかについて、少しずつ書いてみましょう。
具体案は、学校にセーフティネットが絶対に必要であるということです。
なぜ必要なのか以下に記します。
ある方のホームページを今朝読んでました。そこにはこんな内容が書いてあった。
「子どもは、いじめをすることが当たり前であるという前提から考えるべきではないだろうか」と。
いじめをした子が異常なのではなく、子どもという幼い存在はいじめをしてしまうもの、「なぜ、いじめたのかではなく、なぜいじめないのかに着目してみてはどうか」といった内容でした。
私が、「いじめが無くなる」というのは、夢や願い、決意や確信でもありますが、具体的な根拠もあります。「人は、幼稚であればあるほどいじめをする」
つまり、おもらしと同じです。大人になってもおもらしする人もいます。
「この世から、おもらしは無くならない」
とこの時点で訴えてしまうのが「いじめは無くならない」と言ってしまう人の本音でしょう。
おもらしをしないようにしたいと気をつける人々は多いが、いじめがやめられないという人々は、トイレに行くのがめんどくさいと思うのと同じです。
当然、いじめとおもらしは違う。何が違うのか。
暴力と同じで、過激にやり過ぎると、相手に深刻な心身のダメージを残すからです。仕事の疲れや、金銭問題、失恋などは、その時期はつらいですが、時間が経てばあるいはやわらぎ、わるいは忘れることができます。いじめは、不思議なことに、その時の痛みがそのまま長い間、後年まで残ってしまう。「昨日食べた食事を思い出せなくても、中学生の時にされたいじめは昨日のことのように鮮明に覚えている」という人は多いでしょう。
不思議ですが、いじめは、その時の痛みがその時の衝撃のまま残ってしまう。
これは私を含めた多くのいじめ被害者が実感として持っています。
ここがおもらしと違う点です。
一生治らない骨折と同じ痛手を負います。
見た目では、その傷がわからないから、いじめは暴力よりも深刻なのです。
いじめをしたと言うことは、相手に対し、一生治らない骨折をさせましたと告白するのと同じです。
いじめ加害者は、そのことを絶対に忘れてはなりません。
いじめについては、本当に多面的に話すべきこと、訴えることが滅茶苦茶多い。
社会の常識と歯車が合わなくなることも、よく知られています。
いじめに対し、あまり対策を打てなかった社会ですから、被害者と社会の間にある溝の深さは深刻です。
社会常識とは相容れないからこそ、その溝を埋めようと必死です。
日本にある「和の精神」は、時に「輪の精神」となり村八分、つまり臭いものには蓋をするという残酷さが続いてきました。
個より輪が重んじられてきました。
学校の輪、会社の輪、社会の輪。
私たちの必死の訴えにより、ようやくいじめ被害者は、社会の輪の中に入れてもらえるようになり始めました。ほんの数年前の話です。
学校では、いまだ、いじめ被害者は「輪の外」に放置されている現実がある。

いじめは段階的に絶対に無くなっていきますが、まだまだ、いじめが無くなるまでは、10年、20年とかかるでしょう。
だから、今すぐ魔法のようには無くせない。だからこそ、いじめを止めないといけない。減らさないといけない。
だが、いじめは今の時点では、うまく止められない。だからこその青春リアルのこの議論です。
うまく、加害者を抑止出来ない現状を受け入れるならば、被害者に対しての救済措置が今、周囲でいじめ被害者を真剣に助けたいと願う人々に出来ることです。その一番が、いじめ被害者に特化したセーフティネットなのです。
その具体案は今までも書いてきました。具体案以上に、なぜセーフティネットが必要なのかを訴えることが大切であると考えています。
まず大事なのは、いじめ被害者に特化した学校や地域のセーフティネットです。心ある皆様、このセーフティネットについて思索を開始してください。よろしくお願いします。
さて、ここでは、セーフティネットを前提としながら、「いじめを止めるにはどうすればいいのか」その具体策について一緒に考えてみましょう。