私が
私の同時代者らから
受けなければならなかった不当の損失の代償を、
この次の時代、
またその次の時代が
二度か三度支払ってくれることだろう……。
『西東詩篇』のゲーテの序文
私はいじめ被害により、精神病院に入院した。厚い扉の看護室に監禁されたのは、今思えば貴重な体験だったと思う。寝る前には強い薬を注射で打たれ思考停止となって墜ちるように眠った。薬でぼやけた頭で看護室の厚い壁を力一杯叫びながら殴る。内容はいじめに対する怒りだ。退院後の生活は、とにかく薬漬けの生活となった。絶対にいじめた奴を許さないという殺意で一杯だった。テロリストとして同級生を皆殺しにすることを時々考えていた。しかし、9・11が起こり、テロリストへの思いは棄てた。
私は人権の回復を目指すようになった。天を突き抜くような志しはあれど、私には何の力も無かった。せいぜいアパートの一室でいじめに対する怒りを絶叫するしかなかったのだ。2度警察に通報し自分が危ないから止めてくれと頼み込み、警察官にきてもらったことがある。話し相手は、作業所の職員と医師であったが、薬で頭がやられているため言葉がうまく出ない。一日中、ヘッドフォンを耳にあて、近藤房之助、マイルス.デイビス、ハービー.ハンコックを聴いていた。喫茶店でノートを開き、自身で病状の経過報告を綴るが途中から体が震えて止まらなくなってしまった。
私の人間の尊厳、人権回復の闘いのリスタートはそんな状態から始まった。
振り返ってみると、自己の変革の変容にこうつぶやきたくなる。「なんたるちあ」私を励ましわかりづらいであろうくどい話に耳を傾けてくれた大勢の同世代の人々がいる。私は真剣に命をかけていじめと戦う、いじめのない世界を私が実現させると語り続けたが、この思いを本気で受け止めてくれた人々が何人いただろうか。最近は私の真剣な思いと行動を見て、実現出来るかどうかは別として、その思いは尊重するという態度でいてくれる人々がネットの外で増えてきた。最近迷走気味ではあるが、その思いには変わりがない。私は何がなんでも、いじめ被害者の人権と人間の尊厳を取り戻してみせる。