2011/02/19 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

ツイッターも、その時々によって全体の熱量とか、ほのぼのとした空気感の出方が違いますね。


数名の友人や通りすがりの人々と対話していくと、その時は、国境ない国のようになります。少し大袈裟な言い方ですけど。


熱を持った交流が終わるとフラットになる。


でも、フラットになった気がするだけでフラットにならない何かが残っている。


だから、常に生まれ変わったような清新な気持ちで張り切っていくことが大事だと思います。



過去は過去として、新しい気持ちで生きていくこと。


いじめ被害の場合は、なかなかそれがうまくいかない。



刷新したいのになかなかできないのがいじめなんです。


無かったこととして生きようとしても、突然「ドン!」っと起きる痛みと言うのはあまりにも強烈である。


その痛みというのは
勿論いじめにより受けたあらゆる心身の荒い傷のことである。



だから本来は、毎日生まれ変わったように生きていくのが良い。


ただ、いじめに限って言えば、それには大変な困難が伴う。



それでも、私たち被害者はやり直さなければならないのだ。


他の人々よりも再起が困難であっても、正々堂々と立ち上がることを繰り返さなければならない。

何度、踏みつぶされても踏みつぶされても可憐に咲き誇るたんぽぽのように。


私たちいじめ被害者は、世間の人々との無理解と忍耐強く戦い続けている。


ツイッターは、ある意味世間そのものだ。


優秀で最新の言論や、古今東西の普遍的な励ましや真心も多くあります。


それでも、まだいじめについて正しく理解されていないのが現実です。


私たちが声をあげるのを止めてしまうたびに、いじめに対する偏見が、そのままの状態で蔓延してしまう。


私たちが少しでも声をあげれば、そのぶんだけ理解が広がる。


おつりもおまけもありません。


大事なのは、目の前の1人に語り尽くすことです。


遠回りに見えて一番確実なんです。


いじめを説明するのではなく、相手を真心で励ますことです。


だから、ツイッターに関しても再新再生を繰り返していくことです。


一本のハサミでたくさんの紙を切っている人がいる。


何百枚、何千枚と切っていると、そのうちにボールペンのインクが無くなるように、ハサミの切れ味が悪くなってくる。


紙を切る人は、何千枚切ってきたという誇りがあるので、ハサミの切り込みの角度を変え、紙側の角度を変え、絶妙な強弱をつけながら根気よく切り続けている。しかし、やはりうまくは切れない様子で、少し焦りも見える。


そんな様子を見ていたあなたが、


「あの、少し休んでハサミの刃を研いでみてはどうですか。再びよく切れるようになった刃で切ればストレスも軽減しますよ」


というと

「そんな面倒くさいことはいい。この紙を切る作業はテンポが命なんだ。私のペースを乱さないでくれ」


と言われてしまった。


「切れ味が悪い刃のままでは、テンポも乱れてしまいませんか」


そう語りかけるがもう返事をしてくれない。



このハサミの刃を研ぐことで


彼の生産性はあがるはずだった。


この刃を研ぐという再新再生という考え方は、7つの習慣という本に書いてあります。


この再新再生をしたなら、生まれ変わったような気持ちでスタートを切ればいい。


また、深い傷が痛むたびに、再新再生をしていくことです。




この再新再生をどこまで丁寧にできるかも大切だと思うんです。


あらゆる恐怖症を治すためにも。