「友だち」と「学校」について | 晴れわたる青空の下で

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人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

今、いじめについて考える掲示板を見ていると、思うのが、不登校についてと、友だちについて書かれている。
私も勉強し直さないといけないかもしれないと思った。



友だちって何?
仲間って何?

すぐに裏切る友だち


友だちだよといって近づいて、友だちの権利ばかりを主張されて、疲れ果ててるだとか、


簡単に裏切るとか。



学校にいかないことは、つらいことだと思うが、当事者の彼らは、「そんな学校なんて行かなくていいよ」という言葉を待っているように見える。


確かに私も、高校時代に中学の頃のあまりにもひどいいじめが原因で人間不信になっていた。


通学に時間をかけて通ったが、
疑心暗鬼になってて疲れ果てて帰る毎日だった。


時々高校を休むようになり、時々家に来て顔を見せた大人がいた。町の駐在さん(警官)である。

駐在さんは、学校行かなくてもいいよ。こんな天気の良い日は、釣りにでもいかないか?と誘ってくれた。


頑張れ頑張れって言われ続けて、その思いに答えようとするけど、答えられない自分に罪悪感ばかり感じていた私にとって、そのままの自分を受け入れてもらったような気がしました。


自分が学校に通う生徒という強い焦りがとれて



ひとりの人間として向き合ってもらったようなうれしさがあった。



私は高校を中退してしまった。
いじめなんかにあっていなければ


もっと、自由になれたんじゃないか


そんな思いをずっと抱えたまま16年が経過した。

高校をやめて引きこもっているあいだ



テレビでは毎日、大勢の仲間が死んでいった。

そんなことぐらいで死ぬなんて、命を粗末にしているとか


テレビゲーム世代の安易な人生の送り方とか


馬鹿なことばっかり言う大人がいて腹が立ってしかたがなかった。



怒りで完全に気が狂っていた


弱い者いじめという言葉が蔓延していた。


俺はそんなに弱いのか

弱いからいじめられたのか


いや違う!


世の中の人の方が間違ってるはずだと思い始めた


部屋で糞尿垂れ流しの生活を二年送り


社会に出る方法もわからず


家族からは世間体を気にして言葉が飛び交う



家で暴れたり

叫んだりしてた



工場という私が考えたこともなかった職業についた


自分が淡く描いていた夢とは全然違う生活


嫌でしょうがなかった



でも会社の人は厳しくも私を人間として扱ってくれた。



部屋にこもっているよりずっと楽だった。



しかし、将来への不安はずっと消えなくて、深くなるばかりだった。



いじめによって私の人生は大きく方向転換することを余儀なくされた。


毎日、ぶちぎれ寸前の生活を、16年続けた。


いくつかの工場で働いて、


大嫌いな方言の染みついた街を一人飛び出したのが10年前。



希望に燃えて飛び出したが、私は、病と偏見と戦う10年となった。



精神障害者二級。



今でこそ、ひとつの病と戦う人々という認識が日本中に定着したが、


2001年5月に私が精神障害者と認定された数日前



大阪の小学校に男が乱入して、子どもたちをたくさん殺した。


その殺人者は、精神障害者としてテレビで紹介されていた。


当時の医者は、一番はじめに事件を精神障害者という得体の知れない人物が起こした事件として報道したNHKに、怒り狂っていた。


何年か経った頃に、世の中から精神障害者に対する偏見は薄れていったが、私は人生のどん底といえる場所をさまよっていた。


意識が朦朧としている毎日。


そんな中で


あなたは病気に見えない、怠けてるだけですよと、ずっと言われてきた。


今もそう言われている。


朦朧とする意識を抱えたまま毎日誰よりも真剣に必死になって、食らいつくように努力を重ねた。


人の何倍も努力して、体がボロボロになっても努力を毎日続けた。


いくら頑張っても周りは私を認めなかった。


一ヶ月前に、私は先輩に今のあなたに必要なのは、立ち止まって振り返ることだよ。立ち止まることは悪いことではないよ。立ち止まれない人は、自分を省みることができない人だよ。と言われた。



今の私には、つらかったが、そう実践せざるをえないのではないかと思った。


で、ひと月前から、ずっと続けてきた戦いを止めている。


すると見事に私の生活は悪い方へ悪い方へ転がり続けている。


今までしたことのなかった失敗をしたりした。


それでも先輩は、私を蹴落とそうとしたわけではないんだと自分にしっかり言い聞かせている。


私は今書いたように高校を中退したあと、結構大変な16年だった。



自殺せずにすんだのは、いじめに苦しむ中学生を絶望させたくないという一点だった。



この一点だけは、16年間貫いた。


で、今日言いたいのは、

学校には、行った方がいいとメッセージを送り続けるべきか、


それとも、学校なんか行かなくてもいい


と言うべきかだ。



実は私に高校やめろと言ったのは、当時の「友だち」だった。



学校なんかやめたらいいんだよ


学校をやめてすぐに私は後悔した。



脅しのように、自分の都合を押し付けただけのその場の雰囲気に酔ったアドバイスだったとわかった。


いちょうさんに前に書いた、そういう人である。

学校をやめろと言ってみたり

私の家に来て、私のガラス細工のような希望を下品な言葉で毎回壊して帰って行った。


その人は、心配して来てくれていたということだけはわかっていたから、その友だちの力になってあげたかったし、その人の自尊心を満たしてあげたかった。



私が二十歳を超えて自分らしさを確立し始めた時、向こうから、連絡してこなくなった。

少し寂しく
少し心配もしたが


せいせいした。


友だちについて思うことは、



相手が裏切っても、私は裏切らないというしせいが大事なんじゃないだろうかと思います。


友だちについては私はまだ答えはだせていないのかもしれない。



私の場合の十代の頃はこんな感じでした。



学校に行った方がいいと言うのか、学校に行かなくてもいいと言うのかは、その相手によってアドバイスを変える必要があると今の段階ではそう思っている。