『私の人物観』 | 晴れわたる青空の下で

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人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

トルストイの顔



世界で一番いい顔をしているのは、トルストイではないだろうか。それも、青年のころのものはだめだ。老境のがとくによい。
整っているとか、優しいとかいうのではない。精悍で鋭いというのでもない。いうなれば「風雪の顔」とでもいうべきだろうか。顔は人となりを無言に語るものであろう。人間的な奥行きのある顔に邂逅することはは稀だ。トルストイはその稀な顔の持ち主である。「いい顔だ」と思う。いつしか魅かれるのである。
風雪に挫折する人がいる。苦渋にひねくれる人もいよう。辛酸から逃避する人も多いはずだ。その顔に心労が刻み込まれることはあっても、風雪をぬけた重厚さが光ることは滅多にない。
トルストイは、何歳になっても、自己と格闘した人である。真理探究に真正面から取り組んだ人生であった。得体の知れない人間という巨峰と、汝自身という岩壁に逢って、真正面から登頂をめざした行路者であった。私がトルストイに好感を持つ理由の一つは、強靱な精神をもって、難壁にひるむことなく、せいめいを賭した凛々しさにある。
ありとあらゆる苦渋を、不平不満や虚無観で傍観したり逃げたりしないで、旺盛な生命で包みとらえ、それを浄化し昇華させようとする無言の何かが、その顔に息づいている。トルストイの老境の顔を見るたびに、このように私も老いたいと思う。
トルストイの精神遍歴は、作品のなかにそのままあらわれている。彼の作品はすべて、いわば「自伝」だからである。自分でつかみ、自分が感じたところにしか真理はないし、それを語ることもできないと思ったからかもしれない。
トルストイの作品群を俯瞰すると、そこには一貫した視点があらわれている。飽くことなく「人間」を見つめつづけた作業であるということに尽きる。ロシア全土を揺るがす戦争を背景に描いた『戦争と平和』においても、男女の葛藤を克明に映し出した『アンナ・カレーニナ』にしても、晩年の『復活』にしても、それぞれの舞台に、人間がどう息づき、どう歩んでいるかを凝視しつづけて書いている。
しかも、その「眼」は、年を経るにつれて、ますます人間の内面へ、そして広大で深み極まりない精神の深淵へと、直線的に迫っていくようである。
『戦争と平和』では、民族的視点から、あるいは歴史という山の高みから人間を見つめ、あらわにしようとしている。『アンナ・カレーニナ』における舞台は、家庭であり、また男女である。『復活』における舞台は、もはや「心」自身となっている。
民族、歴史から家庭、男女のなかへ、さらには人間のなかに深く入り込んでいくトルストイの鋭い眼は、その人間のなかに「神」を見いだしている。この神は、教会のそれとは違うものである。トルストイの発見した神は、人間精神の最高峰としての神であり、良心の結晶としての神であるように、私には強く感じられる。
彼は自身の作品のなかで、教会も含むあらゆる偽善と対決し、またその姿勢に忠実に、実社会のなかでも、すべての虚偽、偽善に抵抗しようとした行動的文学者でもあった。
しかし、彼は、偽善をあばくことに終わったのではない。偽善の奥にある人間の善性を浮かび上がらせたかったのである。「たとえ迷信はなくなっても宗教はなくならない」との叫びは、彼の心情をよくあらわしている。
トルストイの旺盛な真理探究の情熱は、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』とを書き上げた後も、彼を寸刻も安息させていない。否、この二作品のあいだにも、飢饉に見舞われた地方への救済活動に挺身するなど、トルストイには、不幸な民衆を見ると、いても立ってもいられない衝撃が彼を襲って、行動へと押しやっているのである。人生とは何か、なぜ何かをなさねばならないのか、必ずやってくる死にうちかてる意味が人生にあるか? そうした重い問いかけが、いつも彼を襲ってくる。大作家の地位を不動にしたときにあっても、彼の魂は、人生の真理を飽くことはなかった。人間存在に対する根本的な不条理におののき、懐疑しつつも、それを乗り越えて「何をなすべきか」と自身を凝視しつづけた。
真理への焼き焦がれるような情景は、やがてあのインドのガンジーの魂をも揺るがした。ガンジーがトルストイに共鳴して、自らの行動の熱源としたであろうことは、運動の拠点の一つを「トルストイ農場」と名づけていることでもわかる。
真理への狂おしいまでの情景と、現実社会の偽善の渦。このあいだにはさまって、科学や哲学に解決を求めたが、ついに得られず、一時は自殺の衝動に駆られている。しかし、それを救ったのが「ロシア」であった。
悠久な時間の流れをのみこんで、流転のなかに永遠を生きる民衆。また、人間の小さな営みを悠然と眺望し、無限の空間に包み込んで、あらゆる生命を創造し育むロシアの母なる大地。この二つを、トルストイの作品とその精神から捨て去ることは、とてもできないでしょう。
彼は貴族の出身である。広大な土地をもった名門の地主の子であった。そのトルストイが民族救済に赴くことは、ある意味においては金持ちの手なぐさみと受け取られて、反発を招きやすい。事実、農民たちからは、一時猜疑の目でみられ、冷笑をもって迎えられた。
生活に余裕があり、精神にゆとりがあって初めて他を顧みることができるのである。生きるに懸命な民衆は、自らを助けるのに精いっぱいであろう。ある場合には、他に尽くすことは自らの破滅を意味することさえある。いきおい、大衆は疑い深く、利己的となる。しかし、その大衆こそ、まげうことなき「人間」であった。
上流階級の美しい言葉の思いやりにではなく、貧しい人びとの泥くさい逞しさのなかにこそ、人間の真実があるのではないか。その発見が『戦争と平和』であったかもしれない。世界文学史上に燦然たる二大傑作をものした後のトルストイは、ただひたすら、絶対の真理を求めて、キリスト教の神とロシアの大地との融合を図ろうとし、また、貴族の身分をなげうって、民衆に限りない愛情を注いでいくのである。
当時のロシアには、キリスト教会に対する厳しい攻撃と批判があり、福音書の改訳などが始まっている。トルストイの明晰な理性は、死刑と戦争を公然と認める教会とは絶対に相いれないものであった。ロシア正教会と全く縁をきり、トルストイ自身の福音書改訳に至るのは、必然の道程であったろう。
彼の信仰は「わたしはキリストの教養を信ずる。幸福はすべての人がそれを成就するときにのみ地上において可能である」との言に明らかである。宗教の本義と現実の教会との乖離を鋭く洞察した彼は、真実の信仰、絶対の信仰を求めて、激しい情熱をたたきつけたのである。
彼は、上流社会の虚構、都会の文壇生活を嫌悪し、ひたすら農民に代表される民衆を友とする生活に入る。ときにはモスクワ市の民政調査に参加し、都会の下層民の実情をつぶさに見たこともあった。農民の窮乏、都市の貧民層、これら民衆の不幸の実態に憤然とした彼は、この矛盾の上に安寧をむさぼる国家権力や社会制度への徹底した批判者となった。
同時に、彼の眼には民衆の生活のなかに、教会や上流社会の虚偽にみられなかった純粋な信仰と真理の秘義が、金の輝きをもってあらわれてくる。ひとたび人生に絶望しかけた彼は、民衆の逞しい生活と信仰に、救済を得た。民衆を救おうとして、また民衆に救われもしたのである。
彼の『われら何をなすべきか』は民衆の不幸を黙視する特権階級や科学、文明、教会などに対する宣戦布告であったのかもしれない。




まだ途中ですが今日はここまで。後日加筆します。


『私の人物観』池田大作/著
レグルス文庫