昭和62年4月1日

 

入社式後に地方支店勤務を命じられ

 

気が付けば日本海を望む会社の寮にいる。

 

寮で出された食事も喉を通らない。

 

会社の寮は独身寮

 

個室、バス・トイレは共用、食堂がある。

 

 

寮母さんから寮生活に関する説明を受けた。

 

現在は4人の先輩たちが入居されているとのこと。

 

私を含めた同期3人が新たに入居するので

 

同居は7名になる。

 

 

同期2人とはすぐに仲良くなれた。

 

一人は地元国立大学出身で実家も近い(羨ましかった)。

 

もう一人は地方国立大学出身。

 

そして東京の私立大学出身の私。

 

 

22時をまわると先輩たちが帰寮し始めた。

 

私たち新人が入寮するので早めの帰寮とのこと。

 

 

総勢7名がそろったところで歓迎会が始まった。

 

自己紹介からスタート。

 

先輩4人の内、3名が東京の私立大学出身。

 

親近感、安心感を持つことが出来た。

 

 

3人の先輩は私の気持ちを察してくれた。

 

数年前は同じ境遇であったのだろう。

 

 

もう一人の先輩は地元国立大学出身。

 

私は思った

 

 

これが地方勤務なのだ。

 

 

眠れぬ夜を過ごした。

 

 

5時30分起床

 

6時前には朝食

 

 

6時30分 寮の前バス停

 

支店はバスで15分程だ。

 

東京都内と違って渋滞はない。

 

7時出社

 

 

証券マンの朝は早い。

 

出社初日の朝

 

この後、私は衝撃を受けることになった。

 

 

続く

 

 

 

 

 

本日の日本時間21時30分

 

米国5月雇用統計の発表がある。

 

ポジションを取っていない(フラット)状態であれば

 

エントリーしましょう。

 

21時30分前後に大きく値幅が振れます。

 

 

発表される雇用統計数値は一旦は無視しましょう。

 

大きく下に突っ込んだら   買い

 

大きく上に跳ねるようなら 売り

 

但し、秒速トレードでなくてはならない。

 

 

深追いをしてはなりません。

 

 

 

昭和62年4月1日 入社式

 

大手証券マンとしての第一歩だ。

 

入社式は粛々と進行される。

 

 

入社式終了

 

 

そして

 

 

いよいよ配属発表だ。

 

 

配属発表は大学名と名前で呼ばれる。

 

 

花形部署は本社法人営業部1課である。

 

早慶出身者が多い。

 

 

エリート部署は人事部と債券部だ。

 

東大出身者が多い。

 

 

私の配属先予定の経済研究所は

 

旧帝大と理系学部出身者が多い。

 

 

次々と配属発表がされて行く。

 

 

発表は、名字のあいうえお順だ。

 

 

いよいよ私の番だ

 

 

なっ

 

 

なんと

 

 

地方支店勤務を言い渡された。

 

 

頭が真っ白に

 

 

その間の事は今でも覚えていない。

 

 

気が付けば

 

 

同じ配属先の同僚2人と支店教育担当者とともに新幹線の中である。

 

 

 

新幹線の中でふと我にかえる。

 

 

 

婚約者と母親にこの事実を知らせなければならない。

 

新幹線車内の公衆電話から電話をする。

 

 

今でも覚えているのは婚約者の言葉。

 

「よかったじゃない」

 

「いろいろな経験ができて」

 

 

遠距離恋愛となった。

 

 

彼女とはその6年後に結婚する事となる。

 

 

新幹線に2時間ほど乗ると駅に到着

 

 

タクシーに乗り配属先の支店に到着

 

 

自己紹介

 

 

寮へと連れて行かれた。

 

 

日本海を望む風光明媚なところだ。

 

 

その夜

 

 

涙が止まらない

 

 

寮の近くの公衆電話で婚約者に長時間電話をした事は覚えている。

 

 

大手証券マンとしての第一歩が

 

 

まさか

 

 

こんな事になるなんて。

 

 

自分は三流大学出身者である事を思い知らされる。

 

 

寮母さんが食事を用意してくれるも

 

 

喉を通らない。

 

初日なのでステーキが出た事は今でも記憶の中にある。

 

 

2食付きの贅沢な寮であったことは今になって思う。

 

 

がっ

 

 

それどころではない。

 

 

そして

 

 

出社初日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

研修最終日の打ち上げはパーティーだった。

 

社長をはじめ、会社幹部の方々も参加のパーティー。

 

 

上品なコンパニオン

 

 

司会進行役の方が一声をきる

 

「内定おめでとうございます」

 

「今日は無礼講です」

 

「思いっきり飲んで食べてください」

 

 

会社幹部の方々、コンパニオンからお酒を注がれる

 

どんどん注がれる

 

 

もう飲めない

 

 

それでも注がれる。

 

 

パーティーが始まって1時間が経過する頃

 

 

当然の事ながら、酔っぱらった内定者が出てくる。

 

 

私もかなりの酔い加減だ。

 

 

大酔っぱらいする内定者も出てくる。

 

 

それでもお酒は注がれる。

 

どんどん注がれる。

 

 

さらに1時間余りが経過した頃

 

 

騒ぎ出す内定者も出てきた。

 

 

 

この日は研修所に全員が泊り、翌日の朝

 

朝礼後に解散というスケジュールだ。

 

 

パーティーも一本締めでようやく終了した。

 

その後は内定者たちが、それぞれにグループをつくり(自然とできる)

 

ロビーや各部屋で、将来の夢を語りあっていた。

 

私も証券アナリストの夢を一晩中語り明かした。

 

 

パーティー中に大酔っぱらいして騒いでいた内定者5,6人はロビーを走り回っていた。

 

 

夜が明けて朝礼を迎える。

 

 

なんと

 

 

ロビーを走り回っていた人たちは

 

 

内定取り消しになった。

 

 

朝礼での発表だった。

 

 

4月1日の入社式 一週間前であった。

 

 

何ということか

 

 

さらに驚くべき事が

 

 

4月1日 本社での入社式までに身支度を整えて、荷物持参で入社式に出席してください

 

との注意事項が発表された。

 

 

えっ

 

 

どういう事。

 

 

なんと

 

 

配属発表は入社式後に行なわれるとの事。

 

 

さらに

 

 

即日、配属先に向かうとの事。

 

 

えっ

 

 

地方だったらどうするの

 

 

身支度を整えて、荷物持参で入社式に出るようにとの注意は、そういう事だった。

 

 

まぁいいや

 

 

私は理系出身の証券アナリスト志望なので

 

 

経済研究所勤務になるであろう。

 

 

そして4月1日の入社式を迎えた。

 

 

私の人生を変えた昭和62年4月1日を迎えた。

 

 

続く

 

 

 

 

昭和61年のバブル期

 

理系学部の大学4年生であった私は大学院進学、研究職に向かないことを悟り

 

文系就職を決めた。

 

 

就活開始です。

 

 

空前の売り手市場であったことから、数社から内定をいただいていました。

 

 

6月の梅雨が過ぎ

 

真夏へと一直線の頃

 

 

あこがれの商社から内定をいただいた。

 

 

季節は真夏に入る頃

 

 

都内のホテルで内定パーティーに参加した。

 

大学卒業までの研修プログラムまで提示された。

 

 

内定パーティーではお酒も飲んでいた。

 

 

他大学の学生と交流を持つ中での会話は

 

「今日は○○証券の面接がある」

 

 

大手証券会社だ。

 

 

私は証券アナリストの夢を捨てきれずにいた。

 

 

このまま商社マンになって良いのであろうか。

 

 

飲み慣れないお酒もかなり回っていた。

 

 

他大学の学生との完全な乗りで

 

私は急遽、履歴書を作成して大手証券会社の面接会場に向かった。

 

 

C.Mでもイメージの良い証券会社だった。

 

 

面接会場で受付(エントリー)を済ますと

 

 

衝撃的な事が

 

 

いきなり役員面接だった。

 

 

先程まで一緒にいた他大学の人たちが見当たりません。

 

 

どうしたのであろうか

 

 

後にわかった事であるが、大広間での一般面接であったらしい。

 

 

その後、彼らと会う事は二度となかった。

 

 

就職格差は当時にもあった。

 

 

役員面接を終えた私は、その日の夕方に内定をいただく事になった。

 

 

えっ

 

 

これでいいの。

 

 

晴れて私は大手証券マンの道を進む事になる。

 

 

大学生活も残り半年

 

 

理系学生の私は研究室に閉じこもり

 

卒業研究論文を仕上げた。

 

 

無事に大学生活を終えると

 

 

会社の研修所に一週間、泊まり込んでの企業研修に参加。

 

 

そして、研修最終日の打ち上げで衝撃的な事が起こった。

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

明日は14時から20時まで仕事(本業)で外出。

 

明後日も11時から18時まで仕事(本業)で外出となります。

 

日経225先物取引は外出先からスマホで売買出来るほど甘くはありません。

 

 

スマホは値動きをチェックするくらいでしょうか。

 

 

仕事(本業)が忙しい時はポジションを取らない事にしています。

 

日経225先物取引を副業と考えたことはありません。

 

副業として考えるほど甘くはありません。

 

 

 

 

日経225先物取引は、ほぼ24時間です。

 

大証の取引時間8時45分から15時15分よりも

 

時間外取引(16時30分~翌5時30分)の方が値動きが激しい事が多いのです。

 

 

つまり、チャンスは時間外取引にあると言っても過言ではありません。

 

現在は、時間外取引開始から30分経過しています。

 

 

チャンスがあればエントリーして行きます。

 

 

・売りであれば21000円超えたところ

 

・買いであれば20500円近辺

 

 

今週はないかなぁ。

 

 

 

15時39分 日本経済新聞電子版記事

 

「コール プット売られる」

 

 

つまり相場は膠着状態です。

 

 

この記事が出ると、アノマリーであるが相場は動く。

 

どちらに動くかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

株式投資必勝法などの本を読んでも勝てません。

 

過去の成功体験どころか、直近の成功体験もまったく通用しないのが

 

株式投機です。

 

チャート分析などもあてにはならない。

 

あくまでも参考程度にとどめるべきだ。

 

 

実践の中で独自の投機手法とルールを構築した者だけが

 

投機を継続する事が出来る。

 

 

アップデートを繰り返しながら。

 

 

株式相場は常にアノマリーである。

インベスターKです。

 

昨日からamebloを始めました。

 

日々の日経225先物トレードと予想を記事にして行きます。

 

 

本来であれば、本記事を最初に投稿するのが好ましいと思うのですが

 

相場は常に動いています。

 

いきなりトレード記事からはじめてしまいました。

 

 

私は30年以上前まで大手証券会社に在籍していました。

 

バブルを経験し、バブル崩壊も経験しています。

 

当時と比べて、現在は投資(投機)環境がまったく異なりますね。

 

 

インターネットの普及で「株式市場には誰でも参加が出来る環境」が整っているように思います。

 

大変に好ましく思います。

 

 

一方で金融派生(デリバティブ)商品により

 

 

ゲーム感覚で投機を行なっている人々も多くいるようです。

 

 

自動売買システム等々。

 

 

 

このブログを立ち上げた理由のひとつに

 

ゲーム感覚、ゲーム脳では株式投機(投資ではありません)に勝つことは出来ない

 

ということをお伝えしたいと思いました。

 

 

また、本ブログは投機初心者向けではありません。

 

投機歴1年以上の方々を対象とさせていただいております。

 

 

テーマ 「インベスターKとは」においては、私が証券会社に勤めていた当時から現在までの記憶を記事にして行きます。

 

壮絶な株式投機人生の中で得られた事をお伝えさせていただきます。

 

 

 

6月20日 福岡でG-20が開催されます。

 

期待感から株式市場は下げ渋ることが予想されます。

 

 

20500円近辺では買いポジション

 

21000円を超えて来たら売りポジション

 

 

上記までじっと待ちましょう。

 

 

このようなイベントがあると何が起こるのか。

 

 

それは

 

 

各国要人の「発言」です。

 

 

相場も「発言」により乱高下をします。

 

これを『アナウンス相場』と言います。

 

 

格言には

 

 

アナウンス相場に‟売りなし”

 

 

とあります。

 

 

売りのポジションを取るには注意が必要です。

 

 

買いのタイミングをひたすら模索するのが良いでしょう。