水月湖の過去7万年の年縞のどの時代をとってみても、ノアの洪水のような世界規模の大洪水の痕跡は見当たりませんでした。

(海水の流入が一定量あれば、必ず年縞に痕跡がある。また一地方ではない地球規模の大洪水なら、過去に例を見ない程の大量の土砂や周囲の山々の動植物の化石がノアの洪水のあったとされるBC2370年頃の年縞に得られるはずだが、その様な大規模な洪水の痕跡はどの時代にも見当たらない)

また、淡水湖であった水月湖が江戸時代に汽水湖になった記録が歴史書に残され、年縞にも一致した形跡が見られる。
もし地球規模の大洪水が起きたなら直線距離わずか2キロ程に日本海を控えた水月湖が江戸時代まで完全に淡水湖だったのは不自然な事である。

この2点は、すでに先の記事で扱いました。


ここで読者の方からのリクエストとして、別の側面からノアの洪水を検証してみたいと思います。


ノアの洪水の際、水が全ての山々を覆い尽くした…という聖書の記述を、JWはどの様に解釈しているでしょうか。
エベレストの様な標高の山々が全て水没したとは考えにくいため、出版物には次の説明がなされました。


残6章 P 47〜48「滅ぼされた世」より

聖書はノアの時代のどこかの山がエベレスト山ほど高かったと述べてはいないことを理解しておかなければなりません。科学者によれば,昔,多くの山々は現在よりもずっと低く,中には海の中から押し上げられたものさえあると言われています。さらに海洋そのものももっと小さくて,海洋の下に遠く伸びている河川によって証明されているように,大陸は今よりも大きかった時代があったと考えられています。しかし,現在の地上に関して,ナショナル・ジオグラフィック誌は1945年1月号の中で次のように報じています。「海洋には海面上の土地の10倍もの容積の膨大な量の水がある。この海面上の土地を全部海に投じて平らにすれば,水は地球全体を2.4㌔の深さで覆うことになるであろう」。ですから,その洪水の水が落下した後,ただ山々が隆起し,海底が下がったりして,水が陸から引いてゆき,また極地の氷の覆いが出来上がる前には,聖書が述べるように,『高い山々をことごとく』覆うに足る十分の水がありました。
…引用終わり


さて、「洪水後に地殻変動が起きて、山々が隆起し、海底が沈下した。そして水は引いていった」という都合の良い説明を、科学的に裏付ける事は可能でしょうか。


🔵 地殻変動の仕組み

大陸移動説」についてご存知の方も多いと思います。
この説はドイツのアルフレッド・ヴェゲナーによって1912年に提唱されました。
彼は大陸間に同じ動植物の化石が得られる事、欧州と北米の地層が一致し共通した断層がある事、ミミズなど海を渡れない属の共通分布が大陸間に見られる事…等に着目しました。また、古気候学的にも説明のつかない分布が見られる事や、更に大陸棚(海岸線ではない)の端をつなぎ合わせると形が一致する事を根拠としました。


それ以前は、大陸と海底は本質的には同じ地殻であり、単に陸地が隆起し、海は沈下する事によって…大陸が生まれた。
つまり垂直移動だけで地殻変動は説明が付くとされていました。

しかしヴェゲナーによると、大陸地殻と海洋地殻は2つの異なった層である。つまり海の地殻の上に陸の地殻が乗っかっていて、歳月をかけて水平に移動している。と説えたのです。

さてこの説は大論争を巻き起こし、一度は反論され学会から消えてしまいました。

ところが1950〜60になると地磁気に関する研究が進みます。古い地層に残る岩石の磁気のN極とS極の向きが地域によって異なる事が分かってきました。これは陸塊の移動によってしか説明がつかない現象でした。

また海洋底の観測が活発になされた結果、
海洋の中央部の海嶺に地底からマントルの吹き出す溝があり、そこから大陸に向かって割れ目が裂けている事が分かったのです。
更にその地層は徐々に大陸の下に潜り込んで角度を変えて深部に進んで行くことが観測がされたのでした。

このように、ヴェゲナーの説えた「大陸移動説」は、
現在では「プレートテクトニクス」と呼ばれる理論に受け継がれ、
大陸は海の地層に載っている殻状のプレートであり、数億年単位で移動しているという、自然地理学の基礎理論となって発展しました。





日本の近海には3つのプレートの合流地点があり、地震が多発している事を、先の大震災後にもニュースで盛んに取り上げられたと思います。


プレートがぶつかる地点や潜り込む地点の陸地は隆起し、巨大な山脈が形成されます。

この事は

①  地殻変動はマントルをエネルギー源として水平方向に起きる

②  現在見られる大陸や海洋の形成には億単位の年数を要している

③  急激で大規模な地殻変動は地震や津波を伴う

という結論に導きます。

例えばこちらをご覧ください。




これらの岩石や山脈は、数億年をかけて海底や陸地を移動して、現在我々が目に出来る場所に辿り着いている事がわかります。

このように私たちが当たり前の様に眺めている山々や地形は、粘土をこねるように取ってつけた訳ではありません。
また、突然、昭和火山のような爆発で一夜にして出来上がった訳でも無いのです。


🔵 もしノアの洪水後、地球規模の地殻変動が起きていたら?

もしノアの洪水のあったとされる数千年前に、地球規模の隆起と沈下が同時のタイミングで起きたなら、そのエネルギー源はどうやって説明出来ますか?
地球深部のマントル対流でしょうか?
では、その破壊的なエネルギーのもたらした痕跡が、この様な大陸の断層や岩石に同時期に見られ無いのはなぜですか。

地殻変動の顕著な特徴…
…例えば同じタイミングに世界中で一定方向に断層が大きく動いた形跡や、高温のマントルに晒された地層に起こる岩石の変化や、マントル活動の活発化による火山の爆発による大気の汚染とその火山灰の蓄積。
世界の全ての地層が全て同じ年に大きく崩れて岩石や地層の向きが変わっている痕跡や、
それまでにあったはずの世界の文明が同時に全て水で洗い流され消滅している痕跡。
海底の珊瑚の化石や全ての国の鍾乳洞が崩れて石筍も鍾乳石も折れて無くなっている痕跡。
海が突如広範囲で沈下すれば、それまで浅い海に生きていた魚や海洋性の生物の多くが酸素の届かない高水圧の深海に適応できず大量に死滅したはずです。
海流や水温にも決定的な変化が起きて、海の生物の分布が突如変化した痕跡が残るはずです。
ヒマラヤ杉や屋久杉などの大木やアラスカの森林もことごとくなぎ倒れて破壊された痕跡や…
これら全ての大破壊の痕跡が全世界に同時期に共通して残って無いのは何故ですか。

仮にその様に大規模な地殻変動が洪水の最中に起きていたなら、箱舟はその衝撃で起きる巨大な津波により跡形もなく破壊されていた事でしょう。

また地下のマントルがその大規模な地殻変動を全地球規模で起こしたとすれば、吹き出したマントルの熱で、たとえ海の水でも沸騰して箱舟も燃え尽きたでしょう。(火山のマグマと同じ)

また殆どの植物が死に絶え、水月湖の花粉の化石はそれから百年以上は激減したはずです。いえもはや地形も変わり水月湖自体も無くなってしまったはずです。

気候の変化も著しい物があったはずで、エホバの証人が主張するように「創世記にある地球を覆っていた分厚い雲の蓋が全て落下して40日雨が降り続いた」ならば、宇宙からの放射線量も爆発的に増加して炭素14濃度は一気に急上昇し、その記録は全世界の木の年輪や珊瑚や鍾乳石にくっきりと残るはずです。(あ、世界中の木も倒れて鍾乳石も全部折れて流されるはずだった💧)

四千年前という年代は、地球史から見るとつい最近のイベントです。

日本では縄文、弥生時代にあたり、福井県若狭町の鳥浜貝塚や北海道、北東北に沢山ある縄文遺跡群は保存状態も良く、見学する事も出来ます。
地球規模の大洪水と地殻変動が起きていたなら、なぜこの時代の住居や土器などが、その生活していた土地にそっくり綺麗に残されているのでしょう。


また、現在、古代の平均気温は年ごとに非常に正確に確認されています。(酸素の同位体比の測定による)

それは科学者達がどんなに否定したくても出来ない程の分かりやすい決定的なデータになるはずでしょう。

グリーンランドに残された3000m、10万年の氷床はどうして溶けなかったのでしょうか?どうしてその氷の層の中にノアの洪水の形跡が全く残されていないのでしょうか。

南極大陸の氷床はどうして完全に残っているのでしょうか?一年近くも水に浸されると少しは溶けた痕跡が残るのではないでしょうか。それは4000m、72万年の気候変動を記録しているのです。

日本列島が、ユーラシア大陸から切り離されて現在の形になったのは2000万年前です。それもある日突然この列島が動いて出来た筈がない事は皆さんは想像が付くと思います。
その記録は岩石や恐竜の化石から説明出来ます。
ですので、わずか数千年前のノアの洪水の際の大規模な地殻変動が現在の山々や海の形や深さを形成したのなら、もっと決定的な多くの証拠があっても良いはずなのです。

余談
J w記事にあった
「河川の痕跡が海洋に続いて見られる」現象は、日本では縄文時代に「有楽町海進」や「縄文海進」と呼ばれる気候の急激な変化が起きている事等の現象から説明がつくと考えます。
当時の地層の重なり方や珪藻、貝類の化石群から、温暖化・寒冷化、それに伴う海水準の上昇・下降が繰り返されていました。縄文前期には東京湾が拡大して「奥東京湾」と呼ばれる広大な浅い海ができ、現在の栃木、埼玉にも貝塚が多く残っています。
(年縞博物館解説書 P39)

このように、地質学者でなくても、おそらく高校生なら理解できる範囲で、ノアの洪水の水は何処へ消えたのか?

についてザッと考えてみました。






このようなアプローチは私は実はあまり好きではありません。
皆様には続く記事も合わせてご覧頂きたく思います。