「かんさい熱視線〜私たちは"宗教二世" 見過ごされてきた苦悩」
〜番組を観ての感想
今回の番組では、エホバの証人と統一協会の二世の苦悩を、テンポよく的確にドキュメンタリーの手法で報道していたと思います。
"宗教二世"という言葉がどうやら定着しつつある今、なぜ、この問題が浮上しているのか、
(個人的には、昔には考えられなかったほど、民放のみならずNHKも放送で取り上げる様になった事も含めて)
長年、放置され見過ごされてきたこの問題と、その背景を、限られた時間内で、丹念に率直に解説していたと思います。
この放送内容に、偏った要素は無かったと感じました。
先頭の記事にも数点載せましたが、
憲法からの人権問題を最初に打ち出した姿勢は、この番組が、特定の宗教への攻撃ではない事を明確にしました。
その上で、
- ものみの塔聖書冊子協会の出版物を根拠として、映像にもきちんと載せていた事。
- 事実確認のため、当事者の言い分のみならず、おそらく海老名の日本支部に取材をした事。
- 教団からの回答を読み上げて、その無責任極まりない「回答は控えさせていただきます」を報道していた事。
この3点を取っただけでも、これまでの番組にはなかった、この問題に対する基本的で正当な切り口、ごく普通の社会姿勢だったと思います。
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おそらく、一般の方なら、
そんな宗教「やめてしまえば済む事だろう」というのがオチでしょうが、ところがどっこい、脱会後の二世には行き場がない。
親子の縁は切られ、学歴も職歴もない。
社会に適応出来ず、孤独と不安の中、経済的にも心理的にも、窮地に陥っている事。
そんな中、あれだけ、「信じろ信じろ」と繰り返し赤ん坊の頃から耳にタコの出来るほど聞かされて来た「ハルマゲドン」は、当該宗教団体の回答には登場しなかった。
せめて、「信者のためになると思って、開拓奉仕の清貧を勧めて、私たちの宗教は永遠の命を目標にしております」
くらいの「信仰の内容」への言及はしないのか。
何を恐れているのだろうか。
この無回答ではない、「回答は控えさせていただきます」の文言が、すでにこの組織の教理が内部で破綻していて、現実社会に適応していない事を証明していました。
そして本人たちも、それに気付いている。
だからコメント出来ない。
エホバの証人は、エホバ神の組織ではなく
ただの人間の組織だと、わかりやすく証明してもらいました。
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この組織は責任を回避し、何かあれば、教理を信じた当事者の責任になすりつけるだけです。
ならば、自分がこの教えをどこまでも自己責任でやっていけるのか?
自分の伝道した相手に責任を取れるのか?
自分は本当にこの問題を自分の頭で考えて理解して社会に回答出来るのか?
トップが回答できない事を、自分が明日、奉仕で尋ねられたら、なんと答えるつもりなのか?
ほんとうに、これでいいのか。
こんな無責任な組織に一生を委ねていいのか?
自分だけでなく、家族と子供を捧げてしまって良いのか。
エホバの証人の一人一人の信者は、周囲の目を恐れず、各自きちんと考えていく必要があると思います。
それが、社会に生きるひとりの大人としての自覚でもあり、責任と言えるでしょう。
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あの頃…
私たちは、本当に、親と神を愛して誠実に信じていたのです。
エホバの組織、統治体が神から用いられている唯一の正しい宗教だと信じていました。
聖書も、毎日毎日研究して、目を瞑っていても聖書を開けられるくらいに、聖書は手垢で真っ黒になっていました。
学校では恥ずかしくても、先生や同級生の前で証言したのです。
「クリスマス会には出られません」
「鯨肉は食べられません」
「校歌は歌えません」
「運動会の入場行進は出来ません」
……まだまだあります。
まだ子供だったのに。
奉仕で、クラスメートの家が近づくと、ドキドキして涙が出てきました。
隠れると、思いっきり叱られて、逆に引きずって連れて行かれたんです。
チャイムを押す時、「どうか出てきません様に」って祈っていたんです。
こんな辛かった子供時代。
自分を守ることなど、決して許されなかった。
保身にまわるなど、考えられなかった。
いつも、真理を堂々と声を高く宣べ伝える事を強制されてきたのに。
近所でも、学校でも、アルバイト先や職場でも、電車内でも、病院でも、レストランでも…、
ありとあらゆるところで、非公式の証言をして、エホバの証人としての誇りを持って、真理を語る人こそ、その組織の特徴ですよね。
トップはどうなんでしょう。
そして、私たちは
誰かの為に生きることを強いられてきました。
エホバのため、親のため、会衆と組織の仲間のため。
エホバの証人とものみの塔が、誠実な宗教だと真剣に信じようと努力したので、耐えられたのです。
楽しみを奪われ、人生の選択肢も、柔らかい思考力も、生きる喜びも、仲間も、仕事も、学歴も、親と友人も…なんにもない。
はじめから、生まれる前から。
わたしは、もう自分が生きながら死んでいる姿でこの歳になりました。
どんなに頑張っても拭えない無力感と、日々向き合っています。
ものみの塔聖書冊子協会に関わるすべての皆さん
これほどの事を知っているなら「大いなるバビロンから出なさい」と言わせていただきます。
でなければ、あなた方こそ、血の罪を負うことになるでしょう。
社会が本当にこの人権問題に取り組む日が来たら、もっと酷いことが明るみに出るでしょう。
あなた方が「この世」と言ってさげすむ、この社会は、近いうちに「人権尊重」と呼ばれる剣をエホバの証人に振り下ろす日が来るかも知れません。
その前に、教団信者の人生に起きた人権侵害を社会の前で正直に認め、信者に謝罪することです。そして今すぐに、改善を誓う事でしか名誉を回復する道はないと思います。
でなければ、信者の流出は防ぎようがない。いずれ組織は崩壊するでしょう。
もし、エホバの証人に、まだ良心と呼べるものが残っているなら。
記事の終わり
