さて、歴史を遡ってみると、もはや古典的とも言える研究と実験が、1950年代のアメリカでなされていました。それは認知的不協和理論と呼ばれる理論で、もうご存知の方も多いとは思いますが、エホバの証人であるなしに関わらず、人間なら誰にでも起きる錯覚現象の構造を明らかにしたものです。

この仕組みを少し説明したいと思います。



認知的不協和理論

この理論を分かりやすく表しているのが、イソップ寓話の「すっぱい葡萄」の話です。


お腹を空かせたキツネが美味しそうな葡萄を見つけたが、葡萄の枝が高くて届かない。そこでキツネは「あの葡萄は酸っぱいに違いない」とあきらめて立ち去る。


このキツネは二つの相容れない認知要素

①葡萄を食べたい

②努力しても食べる事は不可能

により、認知に不協和が生み出される。

努力しても自分は無理だという現実は、キツネの自尊心をひどく傷つける。それでキツネはこの矛盾を解消させるため「葡萄は酸っぱい」と考えるようになった。

ここで大切なのが、キツネは「『葡萄は酸っぱい筈だ』と考えると自分は葛藤を感じなくてもよくなる」と自覚してそう思ったのではなく、無意識のうちに歪んだ思考解釈に至ったという事です。この時に起きていたのが、不協和による思考バイアスと言えます。



更にこんな場合もわかりやすい例です。

「黒人はジャズ・ミュージックには向いているが数理的な訓練には向かない」という差別主義者がいたとします。ところがある日、彼の目の前に黒人の偉大な数学者が現れました。この時、彼の内面に「不協和」が引き起こされ「この黒人の父親は白人かも知れない、その事を母親が彼に告げていないだけなのだ」と無意識に結論付けて解釈します。


このように、人間は他の動物たちとは違って、自分の生きる世界にたえず秩序や意味付けをもたらそうとして、考えつつ行為している動物だといえます。なので、自分が考えて生きている意味の一貫性が損なわれるなら、「現実の否定」という代償を払ってでも、自己を貫徹しようとして、認知や行動までもが変容する事があるのです。


さて、この理論を提唱したのは、アメリカの心理学者レオン・フィスティンガー(1919〜1989)で、彼の行ったこの研究は後の心理学の発展に大きな影響を与えました。こちら


実際、彼は1950年代、当時アメリカ、ミネソタ州のある宗教団体に関心を持ち、その信者として数人の研究者と共にその団体に潜入し、詳細な調査を行ったのです。

その団体は1954年の12月21日に神による大洪水が起きて信者以外は滅ぼされると予言していました。

彼らはその人類の終末の際、宇宙船によって自分たちだけが救われると固く信じていました。なので、世の中とは距離をおき世間との関わりを避け、仕事や家族を捨て去り人間関係を整理し、旅支度までして教祖の元に集まっていたのです。

迎えた大洪水の日。周囲の好奇の目以外は何事も起きずに過ぎ去ってしまいます。当然ながらこの集団は離散するだろうと我々は想像するのですが、実際にはそうはなりませんでした。


「自分たちの篤い信仰に免じて、神は地球に振り向けるはずの攻撃を中止した。…地球は救われたのだ!」


彼らはこのように解釈を変えて、この信仰をより多くの人と共有することで不協和を低減すべく取り掛かったのです。そしてそれまでの秘密主義とは一転、マスコミに対しても猛烈な布教活動を開始したのです。

とりわけ狂信的だったのは、この教団に対して多大な資金をすでに投じた人でした。


彼らにとって、予言が外れたという事実は、非常に強い不協和を引き起こすものでした。自分の行動は取り消す事ができないし、それが自分の誤りだったと認めることは自己への著しい脅威であって認め難い。一方で、予言が完全に外れたという事実は動かすことは出来ない。この矛盾に耐えられなくなった彼らは、予言の再解釈(要素の変更)など様々な方略を試みます。

その中でも最も顕著に現れたのが、熱心な布教を行って自分の信念を支持する信者を獲得するという方法なのです。

自分の信念が否定されようとしている時には出来るだけ多くの人を自分の側に巻き込む事が有効で、周囲の人が全て信者になれば自分の正しさは確信できる訳です。


これは単に「自分がやった事は引っ込みが付かないので開き直った」というレベルの話ではなく、「信じているからこそ、素晴らしい価値がなければならないし、沢山の支持者がいなければならない」という構造になっている訳です。


沢山の支持者がまわりに居ることは、「自分と現実を同じように見る人ばかり」状態を生み出す。すると、この皆によって生み出される「共感主観」は「客観的現実」に転じることになり、もはや信仰は崩れる心配がなくなる仕組みなのです。



この宇宙船と洪水による終末論を信じていた組織は、この後紹介するフィスティンガーの著書「予言がはずれるとき」の訳者解説によると、1987年の時点でカルフォルニア州マウント・シャスタに本部を置くある協会として存続しており、会員は数千人とみられている。



今回は、この2冊の本を参考に記事を書いています。両方ともやや手に入りにくい本ですが、図書館では借りられると思います。

全部を読むのは学生でもないなら必要ないと思いますが(私も途中をはしょって読みました)社会心理学や宗教学でこのテーマを調べるだけでも沢山の図書が出て来ますので、またおすすめがあったら教えて下さい。

「予言がはずれるとき」

L.フェスティンガー

H.W.リーケン

S.シャクター 共著  勁草書房


「命題コレクション社会学」

作田啓一・井上俊 編 筑摩書房




この「認知的不協和」理論は60年代〜70年代にかけて華々しく注目を集め、心理学史に重要な足跡を残しました。

さらに現在では不協和を巡る研究も、一貫性を求める動機づけという観点だけでなく、新たな観点から論じられる様に変化していますので、その点についてもレポート出来たら、と思っています。


次回はさらにこの仕組みをめぐる実験と、エホバの証人のバプテスマによる「入会手続き」についての共通点に触れたいと思います。


ぼちぼちやってみます。ね。


次回へつづく。



「命題コレクション社会学」の目次



「予言がはずれるとき」の目次