太平洋沖東北地方大震災の被害に合われた方々や、ご家族・こ親族の方が被災されましたみなさんに、亡くなられた方のご冥福を祈るとともに、未だ不明な方のいるみなさんの大切な方が早く見つかることを祈っております。
今回の震災、関東(特に千葉や茨城)の被災も酷いとの話をTwitterやmixiなどから知りました。
また横浜や都内の方々も停電、節電などの生活に困るような事態もあるようで、お見舞い申し上げます。
こちらといえば、東海地方。
生まれた時からずっと、いつか東海大震災が来るぞ来るぞと言われ続け、未だ何も大きな被害の出る地震に遭遇していません。
また今回も最初は揺れましたが(震度3くらい)その後の余震はほとんどありません。唯一飛騨地方で若干小さな揺れがあるようですが、住む街では感じるほどの大きさではありません。
ややもすると、テレビから流れてくる東北地方の悲惨な映像を見るたびに驚き、悲しんでみても、どこか頭の片隅で安心したかのような空気があったのも事実です。
しかし昨夜ある友人のブログを見ていたら、最初の地震直後連絡の取れていた仙台、名取のご家族とその後全く連絡が取れなくなり、別なご家族が心配して被災地へ向かうも、そのご家族とも連絡が取れない状況であることを知るに至り、急に怖くなり震えてきました。
散々テレビで流れていた津波の映像の、あの中にもしかしたら?とのことで、心が張り裂けそうになりました。
最初の地震後4~50分で津波がやってきたとの報道もありますので、非常に心配です。
友人は都内に暮らしていますが、そちらの被害はなし。
とは言え今すぐ飛んでいきたい感情を抑え、私は大丈夫だと言っているのが、よけいに心が張り裂けそうでした。
しかし何も出来ない。
声をかけるにも、メールや電話は逆に迷惑というか、負担になる。
どうすることもできないもどかしさです。
今日は昼から外へ出てみました。
春らしい気候で花粉も飛んでる。
しかしながらドラッグストアのミネラルウォーター売り場はガラガラでした。
次は東海地方?そうみなが考えても不思議はないですから。
もちろん日頃からの備えは必要だと、それこそ小学生の頃から言われ続けてきました。
改めて今回の震災で今一度再認識しましたし、同時に現在被災されてる方々や友人などにしてあげられることは、今すぐにはなくとも、いつかきっとチカラが必要になる時がくる、その時までしっかりと毎日を過ごしていよう。
そう思うようになりました。
願わくば早く不明な方々が見つかり、被災地にも笑顔や暖かさが届いて、いつかまた音楽やスポーツなどで笑い合える日が来ることを願ってやみません。
人ひとりでできることは限られています。
でもその人の繋がりがあれば、なんだって乗り越えられるはず。
まずはその時まで、被災地から離れた東海地方の自分達が元気を失っていてはいけないのだから。
あとはできる時でよいから募金と節電、それだけは気にかけていようと思う。
まだまだ僕たちにはやれることがある。
~佐野元春HPより引用~
→http://www.moto.co.jp/
不謹慎だとわめく偽善者を後に残し
君が光を放つことで、友を弔うんだ
それを「希望」と名づけていいんだよ
====追記====19:50
本文に書いた友人のご家族が無事見つかったとの知らせを受けました。
詳細は不明ですが、とにかくあの津波の中命からがら逃げられたとのこと。
それだけで本当によかった。
涙が出ます。
本当によかった。