ウォーキングはいつものコースを完歩した。そのあと、
ホンダでもらったチケットを使うため、値上げ前のハンバーグのさわやかへ向かう。

 

それから帰ってもまだ時間は早く、少し薄日になったので外で働くことにした。
気になっていた物置小屋の屋根にかかるセンダンの枝を切ることにした。

他所の木だが、屋根に落ちた実や葉が雨どいに溜まり詰まってしまう。

切ってくれるよう頼んだが、地主も高齢で木に登れないと言われた。

 

 私も高齢なので切れない、業者を頼んでくれそうにもない。
結局自分で切ることにした。10段の高い脚立に乗り、


チェンソーがないのでノコギリでゆっくり切った。
 枝も太く、落とせば屋根がつぶれてしまうので気を使う。 

 

太い枝は重みで切っている途中に裂けて根元に垂れ下がる。
それを利用して、うまく屋根に落ちるのを避けられた。

 

ツルが絡まっているのですぐに落ちないものもあった 

何より自分が落ちて動けないと発見が遅くなる 
 

それを防ぐために家のものに見ていてもらった 一人での作業は危険だ

このセンダンは植えた木ではなく、校庭から舞ってきた種が成長したものだ。

新芽はいたるところに生えるが、畑の管理者は邪魔になるので抜いる

が、ここの土地は早くから放棄地にしてあった 

ある程度大きくなったころ 近くの畑で作業する人が

「日陰で休むのにちょうどいい」と 地主に伝えたものだから、
 

ならば切るわけにはいかないと言って 大きくなった。

すぐそばに物置小屋がある我が家にとっては迷惑な木だった。

 

曇りの予報だったので、裏の畑に畝を作りたくてウォーキングはやめた。
草が茂り、茶の木の扱ぎかすが残る畑。そのまま周りの草や木も積み上げた。

 

茶の木は肥料を吸った木で、糸状菌ができるかはわからない。実験の畝だ。 

草や木が混ざった土だけで高さ50センチほどの畝になったが、 

 

底辺は1メートル、天端は60センチほど。もう少し天端を広げたい。

この上に落ち葉を混ぜた土を20センチほどのせる予定だが、 

 

まだ落ち葉の時期ではないので、このまま雨に当ててしばらく置いておく。

 ただ、また草が生えてくるかもしれない。

 

曇りといっても薄日が差して暑くなった。 

家の裏なので、すぐに麦茶を飲めて便利ではあるが、ここは他人の土地。

 

写真は枯れた川だったが、AIが水を増やしてくれた。

秋のような空だったが、日中は暑い日になった。

盆中、仏壇にあげてあった卒塔婆をお墓に運び、色褪せたものと交換した。 

古い卒塔婆は地域で焼却してくれなくなったので、裏の畑で燃やした。 

地域の焼却は朝早い時間だったので、この方が気が楽だ。 

それでも長年の早朝行事の癖が抜けず、朝食前に交換を済ませた。

 

精霊さんも、子供の頃は各自で川に流していたが、河川美化で禁止になり、
地域でまとめて焼くようになった。
それも火の危険などの理由で取りやめとなり、再び個人で行う形に戻ってきた。

時代とともに形を変える精霊流し。 流さないので精霊焼きになるが、

「焼き」だと食べ物のようで、精霊送りのほうがしっくりする。

 

七夕飾りも以前は地域で同時に焼却してくれていたが、

最近は畑に立てるようにしている。

 珍しいことをしていると思う人もいるようだが、昔は皆が畑に立てたものだ。

 今でもそうしている地域もあるし、そもそも七夕自体をつくらない家も多い。

 

歩くつもりだったが、小雨がぱらついている。スマホの予想も雨。
このくらいなら以前は歩いていたが、最近はやめ癖がついてきた。

 

ウォーキングはやめて、ネットで調べものをし、ドジャース野球を見て、

 福のラジオを聞き、昼寝。降ったりやんだり、陽が出たりの落ち着かない天気だ。

 

畑ではウリハムシに酢をかけてみた。 お盆に虫を殺すのも気が引けたが、
酢は死なせるほどの力はなく、 寄せ付けないだけだと自分に言い聞かせた。

 

写真はAI加工。下が元の写真。 なんでもない風景でも、見られる写真になる。

Made With(メイドウィズ)――作られた、という意味らしい。


 真実を写すから写真だが、スマホの写真はAIで整えてきれいにしている。
加工しても、写す心までは変えられないかも知れない。 写真は写心だ。

雨予報が曇りになり、さらに変わって良い天気になった。
風は心なしか冷たく、しのぎやすい日だ。

 

初盆周りは、隣保班と隣の班の親戚にそれぞれ一軒ずつあるだけ。
九時過ぎにはすべて済ませた。どちらの家も焼香棚を高くしてあり、


座布団に座ることなく、立ったままや腰掛けて拝めるようにしてあった。
座ることが困難な年寄りへの配慮が行き届いていた。

 

お返しも昨年とは違い、それなりのものを持たせてくれた。
 これは嬉しい。あまりに簡素だと、ないがしろにされたようで嫌な気分になる。

 

お返しが目的ではないが、そこまで人ができていない私だ。

午後は妻の実家の仏壇へ向かう。 

 

夕方には三女家族が家の仏壇に焼香に数分だけ寄ると言っていた。
家にはエアコンがなく暑いので、長居はできない。

 

迎え火に使うつもりで道の駅で買ったアカシを焚いてみたが、
うまく燃えず、松の木の匂いもしなかった。

 

あれはアカシではなかったのかもしれない。
割りばしもたくさんあるから使えばと言われて燃やしてみたが、

 

こちらはさらに匂いがひどい。結局今年も空きビンに灯油を入れて火をつけた。
これはよく燃える。 これなら先祖様も迷わず家に帰ってこられる気がする。

 

お墓に線香を上げ、家の玄関先で迎え火を焚く十三日の夕方の行事。
初盆周りは明日にするつもりだ。今日のうちに周る人もいるが、

 

仏さんは今日の夕方に迎える。
仏さんが帰ってきてから家に行く方が正しいように思う。

月1回のペタンクの日。台風の影響が心配されたが、雨は降ることもなく予報は良い方に外れた。 それでも自転車で来る人は安全のために自粛したのか、参加者はいつもより少なかった。

ただ今日は看護学校の学生が二人来てくれて、参加者の平均年齢を一気に下げてくれた。 孫のような二人の女性のおかげで、爺さんばあさんはいつになくはしゃいでいた。 すぐに世話にならなくてはならないという思いが、それぞれの胸にあったのだろう。

終わってからの学生さんの感想は、 「初めての体験だったが、みんなが優しく教えてくれて楽しくできた」 「いろいろな人と関わることができて楽しかった。ペタンクをまたやりたいと思った」 と、どちらも嬉しい言葉だった。

人のためになりたいという思いで選んだ道だというお二人。 「優しい看護師さんになってください」と伝えた。

午前中は晴れ、午後は曇りの予報だったが、午前と午後が入れ替わったようだった。
ウォーキングの時間帯は曇りで歩きやすく、Ssさんは「朝は寒かった」と笑わせた。

 

お墓の掃除の相方も午前中に済ませておいてよかった。と言っているほど午後は晴れて暑くなった。

 

きょうは毎年恒例のお施餓鬼供養。集会所の中なので空調が効いている。「暑いね」と言うと、Hkさんは「外は暑いが、ここは寒い」と言っていた。

 

お施餓鬼と同じ時間帯に棚経回りの坊さんが家に来る。家では二人で手分けするからよいが、一人住まいの家では留守の家に上がって読経を済ませて回る。


この地域では毎年それが繰り返されるが、川向こうの地区では棚経の檀家回りを取りやめた。何か問題でもあったのだろうと思い、お施餓鬼の時に方丈さんに聞くと、
 

そのことには触れず「一部地区だけ取りやめるわけにはいかないので、全区取りやめにした」とのことだった。お寺も、伝統より時代に合った方法を取り入れている。

曇り予報は変わって晴れになった。
それでも午後からの雨予報はそのままだ。

 

まだ寝ているうちから畑の方で草刈り機の音がする。
寝ていると言っても起きるのが遅いだけで、やかましいとも言えない。

 

暑くならないうちに片づけたい仕事なのだろう。

虫よけシートをかけていたトウモロコシは背丈が伸びて窮屈そう。


それで、昨日の夕方にトンネルのシートを外した。

そのために害獣にやられていないか心配で、朝イチで見回りに向かう。


今朝は心配なかったが そのついでに支柱も外してきた。

周りの防獣ネットは置いただけで立ち上げていない。


きのう紐を張って、それに引っ掛けるつもりだったが、

ネットが重くて紐が垂れ下がり、あきらめてそのままにしてある。


近くにはイノシシが掘り起こした跡もあり、
最近少なくなったイノシシが来ている可能性がある。

 

私は狩猟もやらないし猪肉も食べないので、せめて畑を荒らさないでほしい。
その旨をイノシシの自治会長に連絡したくても、まだ会えていない。

家の近くの空き地の草刈りをしたいと思いながらウォーキング。
全部歩いてしまうと草刈りの気も失せるので、
 

土手を歩き坂道に入る手前で戻ることにした。
やる気が残っているうちに済ませてしまおうと決めた。
 

雲も出てきて、天気も味方してくれた。
芝刈り機の刃を一番高く設定し、高めの除草。
 

扱いだ茶の木の残がいがある場所は、払い刈り機で作業した。
お昼前には何とか終わり、昼寝もできた。