映画の上映で大盛り上がりの聖地巡礼に同行してきました。
茨城県は大洗。

まずは水戸アニメイトのガルパンコーナー。
平日なので静かでした。駅前のマルイ地下という立地で大変便利。時間つぶしにもいいかも。

大洗は町中に、ガルパンのポスター類の販促物が展示されていました。
もう八百屋の脇にのぼりとか(笑)
これはGSなんですけど、中央奥に戦車イラストの展示があるでしょう?

大洗マリンタワーの展望上でのガルパン。

そこからの眺め。

大洗駅には、所狭しと関連グッズや関連者からのメッセージ類が展示されていました。
おまけ。
まいわい市場のあるショッピングセンターでのランチ。
さすが地元! 美味しかったです。
まいわい市場はこちらからどうぞ!
私は映画は見ていないのですが、街の構成がそのままフイルムになってるそうで、ファンとしてはテンションあがるしかない模様。
大洗は小学生の時、海浜学校で訪れていて、とにかく海がきれいだった印象。
今回はビーチには出向けなかったのですが、長閑で古き良き日本の「夏」が存在した場所でした。
巡回バスが頻繁には来ないので、10分なら歩こう!となった訳ですが。
結構な耐久レースでした。
幼いお子さんやお年寄りは、タクシーなどを利用される事をお勧めします。
体力がある大人や鍛えられた少年少女でないと、厳しいくらいの暑さでした。
茨城県は大洗。

まずは水戸アニメイトのガルパンコーナー。
平日なので静かでした。駅前のマルイ地下という立地で大変便利。時間つぶしにもいいかも。

大洗は町中に、ガルパンのポスター類の販促物が展示されていました。
もう八百屋の脇にのぼりとか(笑)
これはGSなんですけど、中央奥に戦車イラストの展示があるでしょう?

大洗マリンタワーの展望上でのガルパン。

そこからの眺め。

大洗駅には、所狭しと関連グッズや関連者からのメッセージ類が展示されていました。
おまけ。

まいわい市場のあるショッピングセンターでのランチ。
さすが地元! 美味しかったです。
まいわい市場はこちらからどうぞ!
私は映画は見ていないのですが、街の構成がそのままフイルムになってるそうで、ファンとしてはテンションあがるしかない模様。
大洗は小学生の時、海浜学校で訪れていて、とにかく海がきれいだった印象。
今回はビーチには出向けなかったのですが、長閑で古き良き日本の「夏」が存在した場所でした。
巡回バスが頻繁には来ないので、10分なら歩こう!となった訳ですが。
結構な耐久レースでした。
幼いお子さんやお年寄りは、タクシーなどを利用される事をお勧めします。
体力がある大人や鍛えられた少年少女でないと、厳しいくらいの暑さでした。
去る3月下旬。念願の広島へ行ってまいりました。
とは言っても、付き添いなので、私の聖地には行けないままでね、それが非常に心残りです。
丁度、広島駅で、ホークス戦(オープン戦)の帰りのお客さんたちを見かけました。みなさん応援スタイルのまま普通に道を歩かれていて、そっかー地元だもんなぁ!と目から鱗の発見もありでした。

マエケン以外にも沢山選手がいました。
柱は、東京都内では時折見かけていた広告ですが、カープの選手が柱になってることに地下道で変な声が上がりそうになったり(笑)

あたりまえに、路面電車もカープ仕様。

修学旅行時には訪問できなかった原爆ドームには、水上バス経由で見学しました。

宮島ももう一度必ず行く事になる場所です。
あげもみじまんじゅうと牡蠣の美味しさがスバ抜けてました。
他に、呉の大和ミュージアムには二日とも訪問してね。
色々学ぶものがありました。
次は必ず、ズムスタに行きたいですね。
スタジアムを一周してみたいです。
とは言っても、付き添いなので、私の聖地には行けないままでね、それが非常に心残りです。
丁度、広島駅で、ホークス戦(オープン戦)の帰りのお客さんたちを見かけました。みなさん応援スタイルのまま普通に道を歩かれていて、そっかー地元だもんなぁ!と目から鱗の発見もありでした。

マエケン以外にも沢山選手がいました。
柱は、東京都内では時折見かけていた広告ですが、カープの選手が柱になってることに地下道で変な声が上がりそうになったり(笑)

あたりまえに、路面電車もカープ仕様。

修学旅行時には訪問できなかった原爆ドームには、水上バス経由で見学しました。

宮島ももう一度必ず行く事になる場所です。
あげもみじまんじゅうと牡蠣の美味しさがスバ抜けてました。
他に、呉の大和ミュージアムには二日とも訪問してね。
色々学ぶものがありました。
次は必ず、ズムスタに行きたいですね。
スタジアムを一周してみたいです。
専門学生になったばかりの、最初の簿記の授業の時。
先生が唐突に仰いました。
「みなさんに“友達”は、何人いますか?」
周囲の女の子は、みな指を折って考えます。私は頭の中でカウントをして。
小中学生頃に仲良しだったMちゃんとは高校になってから疎遠になったな。
中2のクラスメイト4人とは、あんまり会わないけど、でも繋がってるよな。
中学通して仲良しだったAちゃんは、女子高へ行ってちょっと変わってしまったけど、でも友達だよね。
高校の……ああこれは一杯いるぞ。
先生は続けます。
「5人以上いる人? 何でもかんでも友達じゃないよ。2、3人の人! その人たちを大切にしようね」
…………学生時代は、関わりを継続する事が比較的簡単です。でも特に女性は、就職してからの身の振り方でだいぶ人生経路が変わります。同じ条件だから全て末長く上手くいく訳もなく、違う環境でも各々の生き方やポリシーで、そんな障害へっちゃら! という人もいます。私は、自覚するより高く聳える壁を自分でこしらえてしまった気がします。
私自身のことであれば、別段問題ではありません。
とっくに私が私を受け入れてるし、駄目なところも私だし、情けない所や残念な部分も熟知しています。好きでこういう私の姿で生まれた訳じゃない。運が悪かったんだ(笑)とね、認めています。
でも、大人になってから得た私の人生は、かつての友人が得たそれとは少し違うものでした。
つまり、無意識レベルで劣等感に苛まれたり、嫉妬の類の感情が芽生えてしまった。
喋っていて、笑っていて、苦しくなってしまった。
徐々に距離が空くのも、そして賀状のやりとりさえ途絶えるのも、自然なことでした。
私は幼少時代から「人見知り」とは無縁でした。
引っ込み思案な母親とは正反対。
母は、私の性格を「うらやましい」と事あるごとに言います。
でもそれは実は。極度の人見知りの裏返しなのだと、それは大人になって生まれ育ったのとは違う人生を歩むようになって、知ることになります。
合わないものであっても、時に不快になる事でも、とりあえず触れて傷つく。
思い返せば、進学や就職で新しい環境になった際、積極的にコミュニケーションを取りに行きましたが、その中でどれだけの線が残っているのか。だいぶ低打率だと思いますよ。
一つ一つ、へこんでるです。気にしないようにしているけど、やっぱりダメージはあるのです。
ただそれが自分だけのことであれば、傷ついたなどの言葉にする必要はない。
自分でしたくて決めて行ったことなのだから、平気。
なのに、自分が抱える付随する部分となると、極端に嫌になる。
だから、この15~6年は特に、淡白な自分であるようにしています。
特にリアルな人間関係ではね。
期待しない、望まない、起きた事を素直に見届ける。力技など必要ない。
あの簿記の時間、両手の指を折っても足りなかった、友達はいなくなりました。
あの頃、あの時代は、友達”だった”。
それでいいと思っています。
それでないと、崩れてしまうほど追いつめられていた時期もありました。
自分の味方は友達でも家族でもなく、私自身。
そう思う事で、真っ直ぐ前を見る事が出来ることもある。
こんな屈折した私につきあってくれる人々には、感謝しかありません。
でもふと思うんです。
カープの話しを朝まで語り合えるような友達が出来たら、楽しいだろうな、って。
私は弱い人間です(笑)
先生が唐突に仰いました。
「みなさんに“友達”は、何人いますか?」
周囲の女の子は、みな指を折って考えます。私は頭の中でカウントをして。
小中学生頃に仲良しだったMちゃんとは高校になってから疎遠になったな。
中2のクラスメイト4人とは、あんまり会わないけど、でも繋がってるよな。
中学通して仲良しだったAちゃんは、女子高へ行ってちょっと変わってしまったけど、でも友達だよね。
高校の……ああこれは一杯いるぞ。
先生は続けます。
「5人以上いる人? 何でもかんでも友達じゃないよ。2、3人の人! その人たちを大切にしようね」
…………学生時代は、関わりを継続する事が比較的簡単です。でも特に女性は、就職してからの身の振り方でだいぶ人生経路が変わります。同じ条件だから全て末長く上手くいく訳もなく、違う環境でも各々の生き方やポリシーで、そんな障害へっちゃら! という人もいます。私は、自覚するより高く聳える壁を自分でこしらえてしまった気がします。
私自身のことであれば、別段問題ではありません。
とっくに私が私を受け入れてるし、駄目なところも私だし、情けない所や残念な部分も熟知しています。好きでこういう私の姿で生まれた訳じゃない。運が悪かったんだ(笑)とね、認めています。
でも、大人になってから得た私の人生は、かつての友人が得たそれとは少し違うものでした。
つまり、無意識レベルで劣等感に苛まれたり、嫉妬の類の感情が芽生えてしまった。
喋っていて、笑っていて、苦しくなってしまった。
徐々に距離が空くのも、そして賀状のやりとりさえ途絶えるのも、自然なことでした。
私は幼少時代から「人見知り」とは無縁でした。
引っ込み思案な母親とは正反対。
母は、私の性格を「うらやましい」と事あるごとに言います。
でもそれは実は。極度の人見知りの裏返しなのだと、それは大人になって生まれ育ったのとは違う人生を歩むようになって、知ることになります。
合わないものであっても、時に不快になる事でも、とりあえず触れて傷つく。
思い返せば、進学や就職で新しい環境になった際、積極的にコミュニケーションを取りに行きましたが、その中でどれだけの線が残っているのか。だいぶ低打率だと思いますよ。
一つ一つ、へこんでるです。気にしないようにしているけど、やっぱりダメージはあるのです。
ただそれが自分だけのことであれば、傷ついたなどの言葉にする必要はない。
自分でしたくて決めて行ったことなのだから、平気。
なのに、自分が抱える付随する部分となると、極端に嫌になる。
だから、この15~6年は特に、淡白な自分であるようにしています。
特にリアルな人間関係ではね。
期待しない、望まない、起きた事を素直に見届ける。力技など必要ない。
あの簿記の時間、両手の指を折っても足りなかった、友達はいなくなりました。
あの頃、あの時代は、友達”だった”。
それでいいと思っています。
それでないと、崩れてしまうほど追いつめられていた時期もありました。
自分の味方は友達でも家族でもなく、私自身。
そう思う事で、真っ直ぐ前を見る事が出来ることもある。
こんな屈折した私につきあってくれる人々には、感謝しかありません。
でもふと思うんです。
カープの話しを朝まで語り合えるような友達が出来たら、楽しいだろうな、って。
私は弱い人間です(笑)
オタク気質がある、という部分は、小学生時代の「切手収集」が始まりかと思っていましたが。よくよく考えたら、もっと前、4.5歳の頃のレコード(ドーナツ盤)が発端のような気がします。
当時、弟が生まれるタイミングで埼玉から鳥取へ父親の転勤で転居となりました。
恐らく母は、私の赤ちゃん返りを回避したかったんでしょうね。
その当時だけ、沢山レコードを買い与えてくれました。
レコードをかけておけば、私は基本動かないし機嫌が良いし言う事聞きましたからね。
引越しをして段ボールを開けた時、衝撃のシーンに遭遇します。
今でも忘れられません。
封を開けたそこにあったのは、四分の一の範囲でぼこっとうきあがってる歪んだレコードでした。
きっと運搬時の高温で焼けてしまったのでしょうね。
もちろん、再生など不可。そのままゴミとなりました。
引越したらすぐに聞くぞ! と思っていた音楽が全部消えた瞬間。
あまりのショックで、何も言えなかった事を、気持ちだけ物凄く鮮明に覚えています。
その部屋の間取りも、窓からの景色も、全部記憶に残っています。
CDが出始めた頃も、結構遅くまで私はLP盤を購入していました。
結局、レコードというツールが衰退して、それらの音源はCDで再購入する二度手間のダブル出費となったのですが。でも、あの時レコードに対する思い入れ、という事に対して、後悔はありません。
翻って、それから沢山の拘りを知りながらここまで年を重ねて来た訳ですが。
とりあえず、入りこむと色々面倒くさい性格だと思います。
今現在の筆頭はカープです。
その前は11年くらい、テニプリでした。
その前は競技としてのテニスに夢中。
その前はピアノや音楽。同時進行で、プロ野球。
因みに下手くそでしたが、ピアノを弾くことは好きで習う事を止めてからも、譜面を買ってきては適当に弾いてました。でも、高校でテニス部に入ってからは、一気に遠のきました。
理由は、ピアノよりテニスの方が楽しくなったから。我ながら分かり易い。
何故このような事を書いたかと言うと。
今日、カープが負けて残念過ぎて気持ちを持て余して、どーしよーもなくっているから!(笑)
のめりこむと面倒なんです。
でね、今欲し言葉は、「大丈夫、明日は勝つ!」
その言葉が猛烈に必要だと思った瞬間、思い出したんです。
どうしてテニプリを好きになったのか。
「絶対に勝つ!」
出てくる人物が皆、勝つために(勝つつもりで)頑張っているから。
あー、色々繋がった(笑)
当時、弟が生まれるタイミングで埼玉から鳥取へ父親の転勤で転居となりました。
恐らく母は、私の赤ちゃん返りを回避したかったんでしょうね。
その当時だけ、沢山レコードを買い与えてくれました。
レコードをかけておけば、私は基本動かないし機嫌が良いし言う事聞きましたからね。
引越しをして段ボールを開けた時、衝撃のシーンに遭遇します。
今でも忘れられません。
封を開けたそこにあったのは、四分の一の範囲でぼこっとうきあがってる歪んだレコードでした。
きっと運搬時の高温で焼けてしまったのでしょうね。
もちろん、再生など不可。そのままゴミとなりました。
引越したらすぐに聞くぞ! と思っていた音楽が全部消えた瞬間。
あまりのショックで、何も言えなかった事を、気持ちだけ物凄く鮮明に覚えています。
その部屋の間取りも、窓からの景色も、全部記憶に残っています。
CDが出始めた頃も、結構遅くまで私はLP盤を購入していました。
結局、レコードというツールが衰退して、それらの音源はCDで再購入する二度手間のダブル出費となったのですが。でも、あの時レコードに対する思い入れ、という事に対して、後悔はありません。
翻って、それから沢山の拘りを知りながらここまで年を重ねて来た訳ですが。
とりあえず、入りこむと色々面倒くさい性格だと思います。
今現在の筆頭はカープです。
その前は11年くらい、テニプリでした。
その前は競技としてのテニスに夢中。
その前はピアノや音楽。同時進行で、プロ野球。
因みに下手くそでしたが、ピアノを弾くことは好きで習う事を止めてからも、譜面を買ってきては適当に弾いてました。でも、高校でテニス部に入ってからは、一気に遠のきました。
理由は、ピアノよりテニスの方が楽しくなったから。我ながら分かり易い。
何故このような事を書いたかと言うと。
今日、カープが負けて残念過ぎて気持ちを持て余して、どーしよーもなくっているから!(笑)
のめりこむと面倒なんです。
でね、今欲し言葉は、「大丈夫、明日は勝つ!」
その言葉が猛烈に必要だと思った瞬間、思い出したんです。
どうしてテニプリを好きになったのか。
「絶対に勝つ!」
出てくる人物が皆、勝つために(勝つつもりで)頑張っているから。
あー、色々繋がった(笑)
大昔、TVであるタレントが「プロ野球は西鉄で(興味が)終わった」としみじみ語っていることがあって、それを見ながらそんな事があるのか、と少しさみしく思った事がありました。
でもその数年後、それは私の「プロ野球はもういいかな」という気持ちとリンクしました。
人って勝手だなぁとね。
今、多くの球団で指揮をとってたりメディアの解説をしたりの年代は、私の人生観をも決めたくらい、強く影響を受けた元選手たちです。グラウンドに居る選手の背番号は、ひと世代、ふた世代前の印象の方が強い。カープではない球団のコーチなどで名前を見かけると、なんともいえないノスタルジックな気持ちになります。
野球から離れたとは言っても、日本に住んでいれば一定量の情報は入ってきますから。節目節目で目にはしていました。今、再びプロ野球を物凄く楽しんでいる最中で、どうして距離を置いたのかな、とそんな自己分析をよくします。
結局、生活でいっぱいいっぱいだったんだなぁ。これかな。
多分、チームを応援する、というパワーが無かったんだと思います。与えるものが無ければ受けるものも生まれない。応援って、不思議ですよね。こちらには何のメリットもないのだけど、そうじゃない。感動とか勇気とか、普通に降ってくる。
どちらかといえば、自分の中に潜在的にある勇気に光を当ててもらう。そんな感じかな。
子供の頃、成長期、思春期。私はプロ野球から沢山のことを、唯のファンだけど教えてもらいましたからね。超一方的に、思いこみ上等で。
さて、そんなこんなで一旦蓋をした思い出が、ぎゅんぎゅん蘇ってくるこの頃です。
人間の記憶恐ろしいわ、って思います。
例えば。中学の卒業式の時にね。
何のサインでもなく、母親に「川口に似てる子がいて、苗字が……」と話したんですよ。
普通に、似てると思わない?(だって私の友達で野球知ってる子なんて皆無だから、必然的に確認は肉親になってしまう)って共感を得たかったんです。
そしたら後日、母は笑いをこらえながら言うんです。
「あんた、あの子のこと好きなんでしょ?」
えーー……。
全身真っ赤にならないように、いやいや、何言ってるのお母さん! と誤魔化した(けど、多分ばれてたな)思い出。
言うほど似てなかったかも……今となればね、そう思います。
でも当時は、凄い発見だったんすよ。
Mくん、ってカープの川口に似てるね! ってどんだけ本人に言いたかったか。
でも彼は大阪出身でジャイアンツファンでした。
野球の話しは出来るけど、根本的に分かり合えないな、と残念に思った事もセットでフラッシュバック。
あー、居た堪れない。恥ずかしい。
高校時代のクラスメイトが、ぜひ会わせたい奴がいるから……としつこく言ってきて、もう煩いな、だったら皆で野球でならいいよ! と(大学生でそこまで出費出来ないだろうと踏んで)突っぱねたら、本当に神宮レフトスタンドで大人数で観戦することになって、あぁもう最悪だ(野球場を使ってしまった。違うんだよ、そうじゃないんだ!的な)と懺悔したい気分になった事も、思い出。
野球場はね、野球好きな人や野球を好きな人を好きな人が純粋に集う場所、というポリシーのもと、以来、そういった愚行はしませんでした。あくまで私の中のルールです(笑)
でもその数年後、それは私の「プロ野球はもういいかな」という気持ちとリンクしました。
人って勝手だなぁとね。
今、多くの球団で指揮をとってたりメディアの解説をしたりの年代は、私の人生観をも決めたくらい、強く影響を受けた元選手たちです。グラウンドに居る選手の背番号は、ひと世代、ふた世代前の印象の方が強い。カープではない球団のコーチなどで名前を見かけると、なんともいえないノスタルジックな気持ちになります。
野球から離れたとは言っても、日本に住んでいれば一定量の情報は入ってきますから。節目節目で目にはしていました。今、再びプロ野球を物凄く楽しんでいる最中で、どうして距離を置いたのかな、とそんな自己分析をよくします。
結局、生活でいっぱいいっぱいだったんだなぁ。これかな。
多分、チームを応援する、というパワーが無かったんだと思います。与えるものが無ければ受けるものも生まれない。応援って、不思議ですよね。こちらには何のメリットもないのだけど、そうじゃない。感動とか勇気とか、普通に降ってくる。
どちらかといえば、自分の中に潜在的にある勇気に光を当ててもらう。そんな感じかな。
子供の頃、成長期、思春期。私はプロ野球から沢山のことを、唯のファンだけど教えてもらいましたからね。超一方的に、思いこみ上等で。
さて、そんなこんなで一旦蓋をした思い出が、ぎゅんぎゅん蘇ってくるこの頃です。
人間の記憶恐ろしいわ、って思います。
例えば。中学の卒業式の時にね。
何のサインでもなく、母親に「川口に似てる子がいて、苗字が……」と話したんですよ。
普通に、似てると思わない?(だって私の友達で野球知ってる子なんて皆無だから、必然的に確認は肉親になってしまう)って共感を得たかったんです。
そしたら後日、母は笑いをこらえながら言うんです。
「あんた、あの子のこと好きなんでしょ?」
えーー……。
全身真っ赤にならないように、いやいや、何言ってるのお母さん! と誤魔化した(けど、多分ばれてたな)思い出。
言うほど似てなかったかも……今となればね、そう思います。
でも当時は、凄い発見だったんすよ。
Mくん、ってカープの川口に似てるね! ってどんだけ本人に言いたかったか。
でも彼は大阪出身でジャイアンツファンでした。
野球の話しは出来るけど、根本的に分かり合えないな、と残念に思った事もセットでフラッシュバック。
あー、居た堪れない。恥ずかしい。
高校時代のクラスメイトが、ぜひ会わせたい奴がいるから……としつこく言ってきて、もう煩いな、だったら皆で野球でならいいよ! と(大学生でそこまで出費出来ないだろうと踏んで)突っぱねたら、本当に神宮レフトスタンドで大人数で観戦することになって、あぁもう最悪だ(野球場を使ってしまった。違うんだよ、そうじゃないんだ!的な)と懺悔したい気分になった事も、思い出。
野球場はね、野球好きな人や野球を好きな人を好きな人が純粋に集う場所、というポリシーのもと、以来、そういった愚行はしませんでした。あくまで私の中のルールです(笑)
夢中になっていたのは、ヤクルトスワローズの池山選手でした。
神宮球場にカープ戦を何度も観に行くうちに、球場の雰囲気、ヤクルトファンの気質?みたいな部分に、当時シンパシイを感じた結果です。
幼い頃から、呉出身の父親のある種の独裁的な刷りこみカープが当たり前だと思っていて、当時はそりゃもう強かったですから、強きを挫き弱きを助ける?正義の味方ですね、私の頭の中のカープは。なのでカープについては父親嫌悪的な部分は皆無だったのですが。
あの、のんびりと頑張る、明るいスワローズの若手選手が生き生きと動く姿は、別な意味で魅力的でした。
背番号36番が放つ打球は、ライナー。弾丸のままレフトスタンドに突き刺さります。敵ながらアッパレというか。あんな鋭い放物線、見たことない! という衝撃でした。野村監督が就任する前で、関根監督の時代かなぁ。一茂がドラフト1位で入団した時、なにかとヤクルトがピックアップされていて、そうなると池山の話題もあがるわけですね。普通に成長著しい若手選手でもあったから。
その中で、色々と内情はあったのでしょうが、あるノックシートの練習の時。
「頑張れ! 同級生!!」
そう、一茂を池山が激励した、という記事を読みました。週ベ辺りだったと思います。
今のようにネットもないし情報も在京球団でも(カープの比ではなくても)少ないので、血眼になって(笑)読み返して。ぐっときた事を覚えています。
最近カープ女子という言葉のついでのように、いつかのヤクルトにも一時的に女性ファンが増えた、という回顧されることが、ままあります。実に身に覚えがあって頭が痛いと言うか…すいません!な気分ですが。
なので私はカープファンですが、東京音頭の為に何本もビニ傘が必需品だった頃もあります(笑)
当時、週べに「雨の日にビニ傘を持ってると、ヤクルトファンだと思ってしまう」といった内容の投稿が採用されて、シメシメ、と地味に嬉しかったり。
今、池山氏は、ヤクルトのバッティングコーチなんですね。
現在の、スワローズの打者陣に充足を見ていると、どうしても、さすが、私が見込んだ池山!と勝手に想いを馳せてしまったりです。
神宮球場にカープ戦を何度も観に行くうちに、球場の雰囲気、ヤクルトファンの気質?みたいな部分に、当時シンパシイを感じた結果です。
幼い頃から、呉出身の父親のある種の独裁的な刷りこみカープが当たり前だと思っていて、当時はそりゃもう強かったですから、強きを挫き弱きを助ける?正義の味方ですね、私の頭の中のカープは。なのでカープについては父親嫌悪的な部分は皆無だったのですが。
あの、のんびりと頑張る、明るいスワローズの若手選手が生き生きと動く姿は、別な意味で魅力的でした。
背番号36番が放つ打球は、ライナー。弾丸のままレフトスタンドに突き刺さります。敵ながらアッパレというか。あんな鋭い放物線、見たことない! という衝撃でした。野村監督が就任する前で、関根監督の時代かなぁ。一茂がドラフト1位で入団した時、なにかとヤクルトがピックアップされていて、そうなると池山の話題もあがるわけですね。普通に成長著しい若手選手でもあったから。
その中で、色々と内情はあったのでしょうが、あるノックシートの練習の時。
「頑張れ! 同級生!!」
そう、一茂を池山が激励した、という記事を読みました。週ベ辺りだったと思います。
今のようにネットもないし情報も在京球団でも(カープの比ではなくても)少ないので、血眼になって(笑)読み返して。ぐっときた事を覚えています。
最近カープ女子という言葉のついでのように、いつかのヤクルトにも一時的に女性ファンが増えた、という回顧されることが、ままあります。実に身に覚えがあって頭が痛いと言うか…すいません!な気分ですが。
なので私はカープファンですが、東京音頭の為に何本もビニ傘が必需品だった頃もあります(笑)
当時、週べに「雨の日にビニ傘を持ってると、ヤクルトファンだと思ってしまう」といった内容の投稿が採用されて、シメシメ、と地味に嬉しかったり。
今、池山氏は、ヤクルトのバッティングコーチなんですね。
現在の、スワローズの打者陣に充足を見ていると、どうしても、さすが、私が見込んだ池山!と勝手に想いを馳せてしまったりです。
6月交流戦(ロッテ)、7月オールスター、8月……巨人と横浜を観戦できそうなカレンダーを眺めながら、やっぱり抽選で弾かれて残念なスタートだったのですが、数日前にeplusで見たら普通に販売されていたので(こういうとき、ボッチ観戦は気楽だ、笑)そそくさと行ってきました。

6月は9連敗中、この日は連敗こそさほどの数字ではありませんでしたが、とにかくオールスター明けからね、なかなかうまく機能しないチーム戦線でね。またもや胃がキリキリする状況での観戦だなぁ…と思いながら、でも、行くからにはね。勝つ所を見たい!
結果、これまた素晴らしいゲームでした。
カープの強いところが出まくった(表現が幼稚すぎる)ゲーム。
感動で震えたって言うか。6月のエルドレッドからのギフトとは別に、私が思うよりずっと、カープは素敵なチームなのだと思いました。
だってね、丸々2年以上止まったまま、削除しようかと思っていた(この)ブログを再稼働させようと思うくらいだから。熱量、私も直火型の模様です。

6月は9連敗中、この日は連敗こそさほどの数字ではありませんでしたが、とにかくオールスター明けからね、なかなかうまく機能しないチーム戦線でね。またもや胃がキリキリする状況での観戦だなぁ…と思いながら、でも、行くからにはね。勝つ所を見たい!
結果、これまた素晴らしいゲームでした。
カープの強いところが出まくった(表現が幼稚すぎる)ゲーム。
感動で震えたって言うか。6月のエルドレッドからのギフトとは別に、私が思うよりずっと、カープは素敵なチームなのだと思いました。
だってね、丸々2年以上止まったまま、削除しようかと思っていた(この)ブログを再稼働させようと思うくらいだから。熱量、私も直火型の模様です。
今思えば、一般紙の野球欄で「丸」という選手が高卒でレギュラーを取りそうで、千葉出身でドラフト上位での入団ではなかった。と、目にした時が切欠だったと思います。
地元にロッテと言う野球チームがあると言うのに(ドラフトだから仕方がないのは分かってますが)なんで広島”なんか”に……そこで芽が出るらしい。
カープって、変わらないなあ。
そう懐かしくなったのは2年前くらいかと思います。
実家との世間話で実弟は「前田が引退するまでどんなに弱くてもファンを止めない」と言っているらしいと聞き、そういえば前田って……彼が活躍し出した頃、私はプロ野球自体から離れた事も思い出しました。
でもやっぱり、幼い頃から染み込んだ癖というのか、もうなにかカープの情報を目にすれば無意識の中でチェックが入るんですよね。だから、前田がどんなに偉大な選手であったのかは概ね分かっていたつもりです。カープが弱くなってしまった事も、FAの煽りを食ってどうにもならない歯がゆいチーム事情も、そして、マツダスタジアムと言う素晴らしい野球場が完成して、少しずつ変化が訪れているらしいことも。
そんな中、居を構える地元の高卒の選手が、遥か彼方の地方球団でレギュラーを取る(らしい)。在京新聞の片隅にでも載るニュース→きっと魅力ある選手なんだろうなぁ。なんとなくこれは気をつけておこう、と言う感じで日常を過ごしていて、去年「キクマル」と何度も見かけた文字で、これは大きな何かの予兆だとね。去年はメディアからでしたが、だいぶカープを追うようになっていました。
だから、初めてAクラスになった時の試合には、TVの前で(長年継続したファンであるかのように)泣いたし、CSのトピックスを追っても泣いて(笑)。自分でも可笑しい自覚はあるのですが、どうしてこんなに心を動かされてしまうのだろう?と不思議半分、やっぱり(カープが)好きなんだと思うの半分。イコール、ドームに行かなくちゃ!!!
で、色々考えて、ストレートで負けても確実に試合があるこの日、ジャイアンツの圧倒的強さを目の当たりにしてきました。

悔しいのはそうだったのですけどね。
でも、嬉しかったのもあります。今、思い返せば目撃できたことに対しての喜びなんだと思います。カープが、私が子供のころ知っていた、強いカープとして巨人に挑んだ姿を見れてね。
負けましたけど。完敗だったかもしれないけど。
でも、タイガースを下して、ジャイアンツに最後まで挑めたこと。
それは、多分私が考えるよりずっと沢山の理由があって成し得た事。
来年は、カープがもっと強くなるといいと思うし、なれるんじゃないかと。そう思いながら帰りました。記念にミッキーのカープ仕様のマスコットを売店で購入してね。
ミッキーは、まだ私がカープ女子だった頃(色々残念!笑)一目ぼれしてクリスマスプレゼントとして買ったサンタ仕様のそれを思い出しました。
好みなんて変わらないものです。
普段からディズニー等殆ど興味が無いのに、赤い服を着たミッキーは特別に可愛く見えるのですからね。
地元にロッテと言う野球チームがあると言うのに(ドラフトだから仕方がないのは分かってますが)なんで広島”なんか”に……そこで芽が出るらしい。
カープって、変わらないなあ。
そう懐かしくなったのは2年前くらいかと思います。
実家との世間話で実弟は「前田が引退するまでどんなに弱くてもファンを止めない」と言っているらしいと聞き、そういえば前田って……彼が活躍し出した頃、私はプロ野球自体から離れた事も思い出しました。
でもやっぱり、幼い頃から染み込んだ癖というのか、もうなにかカープの情報を目にすれば無意識の中でチェックが入るんですよね。だから、前田がどんなに偉大な選手であったのかは概ね分かっていたつもりです。カープが弱くなってしまった事も、FAの煽りを食ってどうにもならない歯がゆいチーム事情も、そして、マツダスタジアムと言う素晴らしい野球場が完成して、少しずつ変化が訪れているらしいことも。
そんな中、居を構える地元の高卒の選手が、遥か彼方の地方球団でレギュラーを取る(らしい)。在京新聞の片隅にでも載るニュース→きっと魅力ある選手なんだろうなぁ。なんとなくこれは気をつけておこう、と言う感じで日常を過ごしていて、去年「キクマル」と何度も見かけた文字で、これは大きな何かの予兆だとね。去年はメディアからでしたが、だいぶカープを追うようになっていました。
だから、初めてAクラスになった時の試合には、TVの前で(長年継続したファンであるかのように)泣いたし、CSのトピックスを追っても泣いて(笑)。自分でも可笑しい自覚はあるのですが、どうしてこんなに心を動かされてしまうのだろう?と不思議半分、やっぱり(カープが)好きなんだと思うの半分。イコール、ドームに行かなくちゃ!!!
で、色々考えて、ストレートで負けても確実に試合があるこの日、ジャイアンツの圧倒的強さを目の当たりにしてきました。

悔しいのはそうだったのですけどね。
でも、嬉しかったのもあります。今、思い返せば目撃できたことに対しての喜びなんだと思います。カープが、私が子供のころ知っていた、強いカープとして巨人に挑んだ姿を見れてね。
負けましたけど。完敗だったかもしれないけど。
でも、タイガースを下して、ジャイアンツに最後まで挑めたこと。
それは、多分私が考えるよりずっと沢山の理由があって成し得た事。
来年は、カープがもっと強くなるといいと思うし、なれるんじゃないかと。そう思いながら帰りました。記念にミッキーのカープ仕様のマスコットを売店で購入してね。
ミッキーは、まだ私がカープ女子だった頃(色々残念!笑)一目ぼれしてクリスマスプレゼントとして買ったサンタ仕様のそれを思い出しました。
好みなんて変わらないものです。
普段からディズニー等殆ど興味が無いのに、赤い服を着たミッキーは特別に可愛く見えるのですからね。
投票した選手、みんな選ばれてしまったオールスター。
これは激しい論議を醸し出したのだけど、ファンならやっぱり一票投じてしまうもの。
大体、私の学生時代なんてカープの選手がオールスターに出るなんて、浩二衣笠以外思い当たらなかったもの。たまにあって監督推薦。そういうものだと思っていました。だから、投票出来るのであれば、全員カープの選手をあげたいし、1塁も3塁も普通に他球団の選手が(カープファンが総出で投票したとしても圧倒的な絶対数の差で)選出されると思ってました。
だから、本当に吃驚と、でもやっぱり嬉しくてね。
AKBと同じだとかいう意見も尤もなんだけど。でもね、今年くらい良いじゃない?って思ったのも本音。実力が伴わないとか、そういうのは余計な御世話だよ。実力が伴っても魅力がなければオール”スター”じゃないでしょ。かつてのカープの選手だって、実力は十分満たしていたけど、野球ファン全体にオールスターで見てみたいと思わせることにおいて、他のチームに負けていたのだろうし。システムが変化したことや、ネットの発達でカープと言うチームを取り囲む要素もだいぶ変わったのでしょうけどね。

そんな時、このシャツの販売を知って、ネトゲ用の(笑)強力PC借りてアクセスしてゲット。いつも(このブログを打ってる)のひょろひょろ無線アクセスと雲泥の差に感謝しつつ、これを着てね、見に行ってきました。

このチケットもどうせならフィールドビューで見たい!と欲張ったがために先行全滅して、一般で必死にネトゲ用の(以下同文…笑)。そうしたらフィールドビューの後方4列目で観戦叶いました。大満足!
最後に西武球場に出向いたのは…唯一「カープ女子」(昔はそんな言い方皆無だった。ジャイアンツ女子は“多摩川の追っかけ”とか言われてたけど)として残ってる写真のメガホンからしてやっと平成になった位だったと思うので、ドームになってからは勿論初めてで、まぁ関東人なので池袋から行けばいいんだろうくらいで、結構ドキドキで向かったのですが(極度の方向音痴)最寄駅でたらすぐに球場。そうだったっけなぁ~って、どこかのタイガースファンの親子のうしろをついていったりで辿りついて、また吃驚。
赤色が多い!
すげー…。そりゃ勿論、他球団のユニフォームも多かったし単に赤色が目立つってだけかもしれませんけどね。ほっと胸をなでおろして、あとは初めて生で見るオールスターの雰囲気を楽しみまくってきました。
カープの選手も大活躍で! ま、スターティングメンバーのほとんどがカープだった采配なので、出れるんだから目立つだろう、ではあるのですが。マエケンのピッチングを一度でいいから生観戦したかった私としては、歴史の瞬間を見届けられた気がして、嬉しかったです。だってね、革命だと思ってるので。マエケンの登場は(カープと言うチームにとって)!
あとあと、遠くから見てバッティング練習中の選手が誰か、分かってきた事が嬉しかった!(笑)どれだけブランクがあるか、って話なんですけどね。この20年弱、色々あって野球に夢中ではなかったのでね。でも好きなことは取り戻すのが早いよね、我ながら。
これは激しい論議を醸し出したのだけど、ファンならやっぱり一票投じてしまうもの。
大体、私の学生時代なんてカープの選手がオールスターに出るなんて、浩二衣笠以外思い当たらなかったもの。たまにあって監督推薦。そういうものだと思っていました。だから、投票出来るのであれば、全員カープの選手をあげたいし、1塁も3塁も普通に他球団の選手が(カープファンが総出で投票したとしても圧倒的な絶対数の差で)選出されると思ってました。
だから、本当に吃驚と、でもやっぱり嬉しくてね。
AKBと同じだとかいう意見も尤もなんだけど。でもね、今年くらい良いじゃない?って思ったのも本音。実力が伴わないとか、そういうのは余計な御世話だよ。実力が伴っても魅力がなければオール”スター”じゃないでしょ。かつてのカープの選手だって、実力は十分満たしていたけど、野球ファン全体にオールスターで見てみたいと思わせることにおいて、他のチームに負けていたのだろうし。システムが変化したことや、ネットの発達でカープと言うチームを取り囲む要素もだいぶ変わったのでしょうけどね。

そんな時、このシャツの販売を知って、ネトゲ用の(笑)強力PC借りてアクセスしてゲット。いつも(このブログを打ってる)のひょろひょろ無線アクセスと雲泥の差に感謝しつつ、これを着てね、見に行ってきました。

このチケットもどうせならフィールドビューで見たい!と欲張ったがために先行全滅して、一般で必死にネトゲ用の(以下同文…笑)。そうしたらフィールドビューの後方4列目で観戦叶いました。大満足!
最後に西武球場に出向いたのは…唯一「カープ女子」(昔はそんな言い方皆無だった。ジャイアンツ女子は“多摩川の追っかけ”とか言われてたけど)として残ってる写真のメガホンからしてやっと平成になった位だったと思うので、ドームになってからは勿論初めてで、まぁ関東人なので池袋から行けばいいんだろうくらいで、結構ドキドキで向かったのですが(極度の方向音痴)最寄駅でたらすぐに球場。そうだったっけなぁ~って、どこかのタイガースファンの親子のうしろをついていったりで辿りついて、また吃驚。
赤色が多い!
すげー…。そりゃ勿論、他球団のユニフォームも多かったし単に赤色が目立つってだけかもしれませんけどね。ほっと胸をなでおろして、あとは初めて生で見るオールスターの雰囲気を楽しみまくってきました。
カープの選手も大活躍で! ま、スターティングメンバーのほとんどがカープだった采配なので、出れるんだから目立つだろう、ではあるのですが。マエケンのピッチングを一度でいいから生観戦したかった私としては、歴史の瞬間を見届けられた気がして、嬉しかったです。だってね、革命だと思ってるので。マエケンの登場は(カープと言うチームにとって)!
あとあと、遠くから見てバッティング練習中の選手が誰か、分かってきた事が嬉しかった!(笑)どれだけブランクがあるか、って話なんですけどね。この20年弱、色々あって野球に夢中ではなかったのでね。でも好きなことは取り戻すのが早いよね、我ながら。





