こんばんは。


めんどりが白衣ひらひら学校を彷徨ってると、明らかに周りについていけない子を助ける子が、今の世の中でも各クラスに一人二人はおりますが。


今の世の中でも、という言い方を敢えてするのは、発達障害の概念が世の中にだいぶ浸透しても、発達障害の当事者を助けるのが同級生だと厳しいのは変わらないから。


てか、今時の保護者は、我が子が発達障害の児童のお世話係にされていると知ると、クレームを入れることはザラなわけで。


担任の先生も、発達障害のある児童のお世話係を、同級生を名指しして…なんてことは今はあまりしません。


表向きは。


表向きは、と書いたのは、クラス替えで発達障害の当事者と仲の良い子が一緒になるように配慮されることがあるからです。


ただ…


クラス替えは、あくまでも学力や体力が均等になるように組まれ、次に人間関係…を考慮することが多いです。


人間関係を考慮して、学力や体力を考慮…の場合もありますが、あくまでもその目的は学級運営を円滑に行うためです。


なので、発達障害の当事者にとって、居心地の良い学級になるかというのは、正直なんとも言えないことが多いです。


めんどりがちらちらのぞいた限りでは、発達障害の当事者よりも、その保護者の扱いが難しいことが多くて。


入学時に支援級判定の子を、一般級にゴリ押しはよくある話ですが。


そのゴリ押しを誰がするかと言えば、ほとんど保護者だし。


支援級判定でも、一般級にゴリ押ししちゃう保護者の中には、低学年のうちなら…という希望を持つ方がいますが。


新一年生のクラス編成ほど、闇鍋状態はない。




…いろんな幼稚園や保育園から子どもたちが来るわけですから、かなりのカオスです。


幼稚園や保育園の教育指導方針が、お勉強重視だったり、自然体験重視だったり…


中には、この保育園からは変な子しか来ない、と言われてしまうほどのいわく付きの幼稚園や保育園もあって、いわく付きの園から入学予定者が多いと、新一年の担任を避けたがる先生が続出したりします。


…ヨコミネ式を取り入れた教育を受けた子が数人いたら、かなりインパクトありますよ。


ヨコミネ式は、幼児に跳び箱で前転跳びやら、バック転やらバシバシやらせちゃうノリだから、ヨコミネ式出身児童を体育の実技手本にするにはいいけど、支援級判定の子どもとヨコミネ式組が混ざってたら、かなりのカオスものだ。


…マットで前転やらせたって、ヨコミネ式組は、前転なんぞ寝返りと同じようなものだから、勝手にコロコロ行っちゃって、時々退屈してこっそり頭跳ね跳び混ぜてたり、三点倒立混ぜてるし。


…三点倒立も、頭跳ね跳びも、高学年の技ですが、できずに終わる児童が大半です。


一方支援級判定なのに一般人にゴリ押しされた子は、体幹がぐにゃぐにゃで前転どころか横転になるし。


…それ以前に、並ぶところがわからず、ウロウロしてるのは日常茶飯事。


たかが小1と言えども侮れないほど、子どもの成長に差が出ていることもありますが、まだまだ甘えん坊も多くて、手がかかる子も多く、自分のことで精一杯な子が大半ですから、支援級判定が出るほどの児童のお世話係をさせるのは、かなり厳しいと言いたいのです。



昭和の頃は、支援を要する児童のお世話係にされてしまう子が少なからずいて、実はめんどりもそういう時期がありました。


病弱めんどりは、小学校低学年は明らかにお世話される側…のはずなのですが、通信簿の遅刻数や早退数、欠席数がやばいことを除けば、割と良い通信簿だったため、支援を要する児童とセットにされてた事が多かったです。


…教育実習の時に、当時の担任が仰っていたので、そうなのでしょう。


クラス編成の時に、リレーの選手を各クラスに分散するとか、ピアノ伴奏ができる子を各クラスに分散するとか、行事を意識した児童配置が行われることもありますが、更に要支援児童の面倒を見られそうな子を配置することもあり。


正統派のリーダー性のある子は重視されますね。


…当時の子どもめんどり…リレーの選手は毎年だし、ピアノ伴奏は高学年でやってるから、クラス編成の時に担任が色々言っていたのかな。


ただしリーダー性は皆無。


子どもめんどりはよく、要支援児童に引きずられてましたからね。


両親もめんどりには、あんたもそこらじゅうで色々やらかしてるんだから、できるところはがんばりなさい、というスタンスで、要支援児童に引きずられるぐらいでクレームなんぞ言うことは絶対なかったし。


そのまま今に至ります。


昭和の時代は、めんどりみたく先生にお世話係を押し付けられてしまうケースだけでなく、要支援児童の親にお世話係をお願いされてしまうケースもありました。


幼稚園から一緒の要支援児童の親に、うちの子お願いね、と子どもが言われちゃうやつですが、傍から見ると、こりゃヤバいと子ども心に思うことも多々ありました。


例えば、集団登校をやってる学校だと、親が要支援児童を付き添いなしで登校班に丸投げし、途中で要支援児童が脱走しちゃったり、ケンカしちゃったりして…6年生班長が平謝りしてたり。


一人で帰れない要支援児童を、帰り道が一緒の同級生に、要支援児童の親が連れて帰ってと勝手に頼んだら、要支援児童が問題行動を下校中にして、一緒にいた同級生まで怒られ…


なんてことが、昭和じゃ割と起きてたからな。


てか、親が制御できない子を、他の子が制御できるわけないのに。


発達障害の当事者よりも、保護者対応の方が大変なのは今も昔も変わらないな。


…しかも、要支援児童の予想できない行動で、なんの落ち度もないお世話係が不利益を被る理不尽もよくあった。


発達障害の概念が広く知られた今の時代だって、親が制御できない子を他の子どもが制御できないのは変わらないし。


要支援児童のお世話係は、大人が子どもに無理強いは絶対しちゃいけないことだし、下手をするとお世話係にされた子の人権問題に関わってくると思う。


昔のことを思い出して、感情論になったからやたら長くなったけど、最近めんどりの面談の話題で多いのがこれだったんですよ。


プライバシーの問題があるから、かなり話はぼかしてるけど、特に仲が良いわけでない要支援児童の保護者が、小学校に上がってもうちの子をよろしくと言ってきて困る、という感じね。


そろそろ、就学時健康診断が始まってるから、健康診断の学校が一緒だと、同じ小学校に上がることが大半だから、そこで…というケースかな。


…就学時健康診断は、就学予定の学校でやるのが原則だけど、自治体によっては、就学予定の学校でできない場合、近隣校で受けることを認めることもあるから、ごくたまに健康診断でいたのに入学してない…なんてこともあるけどね。


あと、時期的に私立小学校の合格発表が行われているから、公立小学校の健康診断をキャンセルすることも出てくる頃です。


いずれにしても。


小学校は6年間。


転校がなければ、なかなか長い時間を過ごすことになります。


面倒なことは避けたい保護者も多いでしょう。


一方で、言葉は悪いですが、手も貸さず金も出さず、でも口は出してくる保護者もいます。


税金もらって働く者のひとりとして、公僕であれども、奴隷にあらず。と勤労感謝の日にめんどりはつぶやきますが、理不尽を避けたいのはめんどりだけでなく、お世話係にされちゃった子どもも同じでしょう。


世の中、めんどりみたく税金もらう仕事あり、利潤追求で得られる仕事ありと、働くことでお金をもらえる人がいる一方で、無報酬労働を続ける人もいます。


専業主婦は無報酬労働のある意味頂点ですが、休みないし、家族や配偶者によっては地獄になることもあるし、めちゃくちゃ大変だと思います。


そして子どもたちの無報酬労働も、お手伝いレベルのかわいいものから、それはどう見てもお金が発生する…と絶句するものまで様々です。


お世話係と、軽々しく言う人もいるけれど、学校関係者のめんどりとしては、それは厳しいぞと言いたくて。


勤労感謝の日の昼下がりに、ブログを書いてみました。