こんばんは。
めんどりは午後、実家の母と話していましたが。
その時に衝撃的なことを聞かされます。
母の妹、叔母が最近急逝していたこと。
めんどりが小さい頃、叔母は同居していて、結婚で家を離れるも、同じ市内に住んでいたんで、母と行き来がありました。
めんどりが藤沢に越してから会ったのは8年前。
若くして亡くなった従兄弟の葬式の時でした。
この時点で、叔母は透析、がんサバイバー、心筋梗塞経験者でしたから、今思うと大変な状態ですが、元気そうな姿でした。
そう、元気そうな姿しか見てないんだ。
何でも、前の日に普通に寝て、次の日に…ってやつで、病歴を考えるとあり得るとはいえ、かなりショックな亡くなり方だったようで。
てか、周りがかなりショックを受けたと思う。
本人はそれ以上にショックだっただろうけど。
状況が状況だけに身内だけで葬儀…という時に、めんどりを呼ぶか呼ばないか…で結局事後報告になったわけだけど、電話口のめんどりは大混乱。
…たぶん、亡くなった時に言われても大混乱だけど。
ここだけの話、ここ数カ月めんどりの周りがやたら線香臭く、めんどりは家のお香かと思うも、全然違う臭いで、何か起きてなきゃいいなと思うも、思い切り起きてるし。
コロナ関連の逝去も疑われたんで、近隣にも伏せていたそうで。
検死で疑いが晴れて、出棺間際に弔問が殺到したそうだ。
こんなこと言うのもなんだけど、叔母はめんどりと似たタイプで、もっと色々やりたいと思う中、30代半ばで結婚して、約40年。
めんどりの記憶に浮かぶのは、結婚する前の、元気な保育士の叔母。
自由になれたんだろうか。
同居していた頃、いっぱい遊んでくれてありがとう。
そう。
めんどりが一番言いたかったのは、ありがとうという言葉だ。
叔母が生前、めんどりの結婚式のドレスつくるだの、めんどりが家を持ったら、一部屋叔母の泊まり部屋を作ってほしいだの、めんどりが途方に暮れる冗談を言うこともあったなと。
めんどりは、年末大掃除の後に敷いた白カーペットの居間でソファーに座り、さめざめと泣くわけです。
…白カーペットなんて、絶対普段は選ばないんだけど、一室だけなぜか白に統一したくなったのが一昨日で。
叔母は話好きで友達が多くて、出棺を直前で知ったご近所さんが40人も押しかけて、別れを惜しまれたそうだから、人がたくさん集まれるような家が好きだったと思う。
めんどりの実家も、叔母がいた頃は明るかったから。
めんどりの家は、たまに元同僚が来るぐらいで、ほぼ100%めんどりのための家になってるけど。
白づくしの部屋でめんどりは思うわけです。
おばちゃん、めんどりの家、いつでも来ていいからね。
もっと早く、言いたかった…
めんどりは明るい叔母が、この世にいないことを実感して白い部屋で泣き続けていたけれど。
透析からも、化学療法の後遺症からも、心筋梗塞の後遺症からも解き放たれてる、って思った時。
そして、ほとんど老衰に近い状態で苦しむことがなかったと、検死でわかったと聞いた時。
後に遺された者は辛いし、さっき聞かされためんどりでも辛いけど。
叔母がたぶん、苦しみから解き放たれてると感じたから、めんどりは夜空に向かってつぶやきます。
天国の茶の間で、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に、テレビ見て寛いでいてほしいです。
めんどりが今でも絵で描ける、昭和の実家の茶の間。
あたたかい思い出をありがとうございました。
…明日は大晦日。
既に注連飾りを飾り、年賀状を出してしまい、あれ?今、めんどりは喪中なのか?と泣きながら気付くわけですが。
今、調べてみたら、喪中の範疇は2親等だそうで。
めんどりの叔母だと、3親等なんですな。
もう同居じゃないし。
…注連飾りを今から引っ込めてもな…
何かやっちまった感がありますが、これはめんどりの過失では絶対ないし。
年神様、無礼をお許しください。
…とりあえず、お節は抜きとして、年越しそばは食べていいそうで。
初詣はやめとこう。
でも紅白は見たい…
テレビなしめんどり、近場のホテルで過ごそうかな。
明るかった祖父母、叔母が呆れかえってるだろうけど、アラフィフめんどりも人生の折り返し地点だから、与えられた時間はやりたいことをやっておきたいんですよ。
正月は冥土への一里塚って言うし。
めんどりを育ててくれた、祖父母や叔母に感謝をしつつ、白い居間…白い今に良い思い出を描けることを願いながら、書斎に向かいます。