こんばんは、宇宙ジンです。いかがお過ごしでしょうか。
ちょっと前の話ですが、地球は結局滅亡しませんでしたね(笑) 絶対大丈夫だろうとは思ってましたけど、どこかしら不安というか、ワクワクというか、そういった気持ちが皆さんもあったのではないでしょうか。
地球滅亡と言えばノストラダムス。恐がりだった小さい頃の私は、「明日絶対死ぬんだ、もう終わりだ」と思って不安で眠れなかったという、懐かしい記憶があります。最近知ったのですが、ノストラダムスはフランス人で、本来のフランス名称は「ノートルダム」(大聖堂と同じです)、つまり「私たちの母」となります。
私たちの母親なのに未来の子どもを恐怖のどん底に陥れるなんて、なんだかなあと思ったり。
さて、前回からの続きですが、今回は映画の話を書きたいと思います。
みなさんは映画版「ノルウェイの森」をご覧になったでしょうか。もちろん私は見ましたが、どうも玉山氏のイケメンっぷりしか頭に残っていません
笑
私感ですが、やはり小説上の台詞を役者が喋ること自体に無理があるかなと思いました。特に村上春樹の場合、非常にキザというか、独特の言い回しがあるので、その言葉と役者の特徴がうまく一致しないなー、と始終感じました。
だって、マツケンが「孤独が好きな人間なんていないさ。無理に友達を作らないだけだよ。そんなことしたってがっかりするだけだもの。」なんていう台詞をそのまま喋るんですからね。笑
音楽や雰囲気は素直に魅力的だと思いました。
ですから私は映画ってものに少し疑問があるんです。なんだか全ての作品を「二時間くらい」という文字通りの枠に無理に当てはめて、それを芸術、とするなんてどうかなあ、と思います。しかも僕たちをずっと劇場のイスに縛り付けて、視覚と聴覚にフルに訴えて半ば洗脳してくる、とも言えるかも。
同じことがミュージックビデオなどの動画全般に言えるかもしれません。例えば、私はくるりが結構好きで、ipodに入れてよく聴いています。
中でも「ハイウェイ」という曲がお気に入りで、空気感がとても良いと思ったんです。気怠い中にもほんのり明るさがあるというか、夜明けの霧みたいな感じです。
だったんですが、ある日某動画投稿サイトでそのPVを見たら、妻夫木聡が出ているものだったんです。それの何が問題なのかってことですが、要するにその瞬間、僕の中でその曲が「妻夫木聡の歌」になってしまった、ということです。
それまでは私の日常に溶け込み、色々な場面で流れると色々な感傷をもたらしてくれたその曲が、今聴くといつでも「妻夫木聡」が浮かんでしまうんです。彼の熱烈なファンならいいのかもしれませんが、僕は特別そうでもないので、それはただ残念でしかありません。
それほどまでに、僕たちにとって目に入ってくるもの、視覚的な情報っていうのは影響力の大きいものだということがわかりました。
こんなことを思うのは、本当に良い映像作品に出会っていないからだ、というのもあると思いますが、やはり僕は小説なり、音楽なりをマイペースに、じっくり鑑賞したいなと思います。
あ、でも、ニコニコ動画はすごく面白いですけど(笑)
それとこれとは別の話で、そういったエンターテイメントとうまく使い分けができれば、充実した毎日を送れそうですね。
by宇宙人
ちょっと前の話ですが、地球は結局滅亡しませんでしたね(笑) 絶対大丈夫だろうとは思ってましたけど、どこかしら不安というか、ワクワクというか、そういった気持ちが皆さんもあったのではないでしょうか。
地球滅亡と言えばノストラダムス。恐がりだった小さい頃の私は、「明日絶対死ぬんだ、もう終わりだ」と思って不安で眠れなかったという、懐かしい記憶があります。最近知ったのですが、ノストラダムスはフランス人で、本来のフランス名称は「ノートルダム」(大聖堂と同じです)、つまり「私たちの母」となります。
私たちの母親なのに未来の子どもを恐怖のどん底に陥れるなんて、なんだかなあと思ったり。
さて、前回からの続きですが、今回は映画の話を書きたいと思います。
みなさんは映画版「ノルウェイの森」をご覧になったでしょうか。もちろん私は見ましたが、どうも玉山氏のイケメンっぷりしか頭に残っていません
笑私感ですが、やはり小説上の台詞を役者が喋ること自体に無理があるかなと思いました。特に村上春樹の場合、非常にキザというか、独特の言い回しがあるので、その言葉と役者の特徴がうまく一致しないなー、と始終感じました。
だって、マツケンが「孤独が好きな人間なんていないさ。無理に友達を作らないだけだよ。そんなことしたってがっかりするだけだもの。」なんていう台詞をそのまま喋るんですからね。笑
音楽や雰囲気は素直に魅力的だと思いました。
ですから私は映画ってものに少し疑問があるんです。なんだか全ての作品を「二時間くらい」という文字通りの枠に無理に当てはめて、それを芸術、とするなんてどうかなあ、と思います。しかも僕たちをずっと劇場のイスに縛り付けて、視覚と聴覚にフルに訴えて半ば洗脳してくる、とも言えるかも。
同じことがミュージックビデオなどの動画全般に言えるかもしれません。例えば、私はくるりが結構好きで、ipodに入れてよく聴いています。
中でも「ハイウェイ」という曲がお気に入りで、空気感がとても良いと思ったんです。気怠い中にもほんのり明るさがあるというか、夜明けの霧みたいな感じです。
だったんですが、ある日某動画投稿サイトでそのPVを見たら、妻夫木聡が出ているものだったんです。それの何が問題なのかってことですが、要するにその瞬間、僕の中でその曲が「妻夫木聡の歌」になってしまった、ということです。
それまでは私の日常に溶け込み、色々な場面で流れると色々な感傷をもたらしてくれたその曲が、今聴くといつでも「妻夫木聡」が浮かんでしまうんです。彼の熱烈なファンならいいのかもしれませんが、僕は特別そうでもないので、それはただ残念でしかありません。
それほどまでに、僕たちにとって目に入ってくるもの、視覚的な情報っていうのは影響力の大きいものだということがわかりました。
こんなことを思うのは、本当に良い映像作品に出会っていないからだ、というのもあると思いますが、やはり僕は小説なり、音楽なりをマイペースに、じっくり鑑賞したいなと思います。
あ、でも、ニコニコ動画はすごく面白いですけど(笑)
それとこれとは別の話で、そういったエンターテイメントとうまく使い分けができれば、充実した毎日を送れそうですね。
by宇宙人