先日、私の自衛隊入隊時の話をさせていただきましたが、その後に思い出したり書き切れなかったことがあったので、今日はその追記という形で記事にしたいなと思います。

私が自衛隊に入隊したのはバブル絶頂の時代、自分の名前が漢字で書けて、当時の日本共産党などの思想(自衛隊は違憲だという思想)でなければ誰でも入隊できると言われていた時代でした。今はね、当時と違って自衛隊に入るのは難しいと言われる時代ですから、ある程度の学力を持った優秀な隊員しか入ってきませんが。しかし当時はそんな状況でしたから、いろんなのがいましたね、自称暴○団関係者だったり、どこかのチンピラみたいなのからいわゆるオタクみたいな隊員まで、当時陸上自衛隊を題材にした漫画が少年誌に連載されてましたけど、少しオーバーには描かれていたものの、大きな齟齬は航空自衛隊においても無かったと思います。ただね、そういう隊員は部隊に配属された後、満期金(簡単に言うと、任期満了退職金)を貰ったらすぐに辞めていったと思います。先日も少し触れましたが、自衛隊って入隊後も勉強しないとダメなんですよね。「士」から「曹」の階級に上がる時に必ず試験があって、自衛隊法を覚えるのは当然なのですが、それとは別に学科の試験もあった。たしか国語、数学、英語の3教科だったかな?その試験で良い点数を取らないと昇任できないんですね。それプラス体力測定があって面接があってという、いくら仕事覚えが早くても、まじめな勤務態度であっても筆記試験、体力測定及び面接の点数が悪いと昇任できず辞めざるを得ないのが自衛隊なんです。同期や後輩隊員に先に昇任されて、階級が上がらないと給料も当然上がりませんから、家庭を持つと生活も苦しくなってどんどん肩身の狭い想いをすることになる。そして辞めていく隊員、私は嫌というほど見てきました。自衛隊法はみんな横一線からのスタートで覚える範囲も限られますからなんとかなっても、学科はどこが試験にでるか範囲が広すぎてね、だから学生時代の知識がある程度は無いと学科で点数が取れずに辞めていくという隊員がほとんど。前述したように最初から任期満了で辞めるつもりで入隊してくる隊員ももちろんおりまして、自衛隊に入ると若いうちにまとまったお金がもらえたり、衣食住がタダだったり、大型免許等がタダで取得できるメリットに釣られて入隊する隊員もおりました。因みに航空自衛隊の場合、入隊してから3年、5年、7年というように2年ごとに任期がありまして、その時々で継続するかどうか隊員自身が決められるんですね。その都度満期金が貰えてね、20代の若者にとってはとても魅力的な制度。当時は1回の満期金で100万円前後の満期金は貰えたと思いますね。「曹」に昇任すれば任期制は終わるので昇任後は満期金は貰えませんが、別に任期満了で退職しなくても任期制隊員(新隊員課程を卒業した隊員)は満期金を貰うという選択をすれば任期終了時にまとまったお金が貰えたので、当時の若者にとってはすごく魅力的に映ったと思います。だから昇任が早いと満期金が貰えないなんてね、それで嘆く風潮も当時はありました。ただし、満期金を貰うと退職時にその分引かれるのでね。どちらが良いかという選択の話。満期金を貰わず定年退職時にいっぱい貰って退職後の足しにするのか、定年時にそんなにお金は要らないから若い今のうちにまとまったお金を貰って遊び倒すのか。ただ、やっぱりお金の無い若い時に100万円前後の大金は魅力だったのでね、私の周りでは満期金をパスするような現金な方はほぼ、おられなかったと記憶しています。私の場合は自衛隊4年目から任期制隊員ではなくなったので、1任期(入隊3年)終了時のみ満期金をいただきました。

先日書いたとおり、私は自衛隊に入ると埼玉県の熊谷基地に教育入隊しました。そこから朝6時起床の夜10時消灯という規則正しい生活が3ヶ月続くのですが、自衛隊ではいろんなラッパ演奏が決まった時間に鳴りまして、覚えているだけでも起床時、朝の点呼時、正午、午後の課業開始時、午後の課業中間時、課業終了時、夜の点呼時、消灯時(課業開始時は国歌が流れます)に鳴るんですね。その中でも教育隊の時にダントツで嫌だったのが起床ラッパでした。最初のうちは起床ラッパに起こされると屈辱的だったのですが、何日も規則正しい生活を続けると人間とは不思議なもので、起床ラッパ5分前くらいになると起きるようになるんですね。そうなると起床ラッパに勝ったみたいな感覚になりました。先日もお話ししたとおり教育隊では1分1秒を争いますから、そのうち起床ラッパ前に着替えだしたりしてね、ラッパが鳴るまで布団に包まって(当時の教育隊には掛け布団は無く、毛布にシーツをかけて掛け布団代わりにしておりました)、ラッパが鳴るのと同時に飛び起きて点呼場へダッシュ。どこかの強豪校に近い生活を送っておりましたね。因みになぜ、当時の教育隊に掛け布団が無かったのかはわかりません。考えられる理由としては、教育隊では身辺整理など自身の身の回りのことは徹底的に指導されるため、その一環として掛け布団は邪魔だったのかなと。とにかく当時の教育隊は不自由な生活環境に学生を置くことがある種、目的だったのでね。食事も朝昼夕と3食タダですけど、良く言えばヘルシーな、言葉を選ばずに言うと「なんじゃ、こりゃー」的なメニューが3ヶ月続きました。噂では「なんじゃ、こりゃー」的なメニューなのは学生がいる時期だけなんだとか。今は、「なんじゃ、こりゃー」的なメニューはないと聞いていますが、だから3か月の教育期間中は毎日走らされているのもありますけど、確実に痩せました。話しを戻すと、学生にはシーツ2枚と枕、それと毛布3枚が与えられまして、寝具の使い方(ベッドメイキング)もすべての学生が同じじゃないといけませんでした。とにかく誰か一人でも違ったことをやっていたらダメなんですね。そして寝具の畳み方や揃え方も決められている。それが出来ていない学生は班長にせっかく畳んだ寝具類をぐちゃぐちゃにされて、出来るまで何度もやり直しをさせられました。この、寝具がぐちゃぐちゃになっている様子を当時は「熊谷台風」と呼びました。

先日の教育隊の記事の中で方言について触れましたが、北海道の言葉って比較的標準語に近いため、北海道弁で有名な「なまら」や「したっけ」などは教育隊に入った瞬間から無意識のうちに出なくなりました。しかし、唯一学生仲間に驚かれた北海道弁がありまして、それは「しゃっこい」。北海道や北東北出身の方なら通じる言葉ではあると思いますが、入浴中、水滴が降ってきて思わず出ちゃったんですね。別に隠すつもりはありませんでしたし、北海道弁を無理に封印するつもりも無かったのですが、私としては驚かれたことに驚きましたね。なぜならそれまで「しゃっこい」って言葉、方言だと知らなかったので。

座学ではいろんな自衛隊の知識を学ぶのですが、時には映画を見せてくれたり雑談だけで一時間を終えるなんてこともありました。その雑談の中で40年近く経った今でも覚えていることが二つあって、一つは日航機墜落事故の話。私が教育入隊したのが当該事故の直後だったこともあり、熊谷基地からも多くの隊員が捜索隊に加わったと、そこで見た悲惨な光景がトラウマ級に忘れられないとある教官は語っておられました。その話を聞いて、または思い出して、あらためて思いましたね、「自衛官も普通の人間なんだ」と。先日、私は最近よくテレビで特番を組んで放送している自衛隊関連の番組、ほぼ見ないと書きました。それはね、自衛隊の綺麗な部分だけを放送して過度に美化しているように見えるから。あまりにも自衛隊を神格化しすぎて気持ち悪いんですね。もちろん自衛隊を尊敬するのもしないのも個人の自由だし、ああいう特番のおかげで昨年の入隊者が増えたのだとしたら一定の効果はあったのでしょうが、同時に途中で辞める隊員も減らす努力を防衛省はしていかないと、いつまで経っても定員には辿り着きませんよね。私は25年近く自衛隊の中にいて実情を知っているので、もちろんそこに関しては言えないことだらけですけど、そういう意味もあって自衛隊関連の番組には興味がありません。昨年大きな問題となったクマ被害にしても、自衛隊に駆除させろとか上から目線な国民が多くて、私は憤りを通り越して悲しくもありました。クマを駆除することが自衛隊の任務なのか、自衛隊法や関連法規を少しでも勉強されたことがある方なら、いや、法律に詳しくなくても自衛隊が実弾入りの小銃担いでそこらへんをウロウロしていたらどうなるか、理解できると思います。私は現役時代、憲法改正にどちらかといえば反対でした。それは自衛隊が憲法に明記されるくらいなら良いですけど、どんどん自衛隊の任務がエスカレートしていって戦闘地域への派遣も可能になることもあり得ると思ったから。つまり、今回のイランとアメリカの紛争で高市総理が現実に派遣を考えていたとする報道がありましたけど、ああいう派遣(戦闘地域への派遣)が可能になる可能性があったわけです。もちろん、私はそんなことは考えていなかったと高市総理を信じていますが、自衛隊を退職した今、考えが変わりましたね。きっかけとなったのは昨今のクマ問題。あまりにも自衛隊を便利屋扱いしすぎていると、なにも自衛隊の任務や実情をわかっていない人たちがワーワー言ってね、極端に言うと国民のために何でもやれと、その結果死者が出ても構わないと、自分さえ助かれば良いと、自分の言うことがすべて正論なんだと思う国民の多いことか。一部のネット民は「口だけ番長」なんですね。クマを殺すなと役所等にクレームする人と一緒。安全地帯からワーワー言ってるだけなんです。秋田県での自衛隊派遣の時、担当者クラスではなく将官クラスが県庁に赴きましたよね。あの意味をぜひ、「口だけ番長」の方々には考えていただきたいなと思います。以前も言いましたが、自衛隊は生き物の命を奪うことを任務とはしておりません。それは戦場でも同じこと。自分の身を守るために、国民を侵略者から守るために日々訓練をしております。それがわからない、自衛隊はクマだろうが病気にかかった豚だろうが駆除することが任務だというのであれば、もはや憲法に自衛隊を明記しないと、もっと言えば自衛隊の名称を変えて軍隊扱いしないといけないんだろうなと私は思います。じゃないと、いつまで経っても自衛隊は便利屋扱いされてね、現役の自衛官は可哀想ですから。クマの話になるとどうしてもエキサイトしてしまう私の悪癖は置いといて、雑談でもう一つ覚えているのは班長の中に元プロ野球選手がいたこと。数年で引退して自衛隊に入ったそうですが、巨人に捕手で入団して江川卓投手の球も受けたことがあると自慢げに話しておりました。そういう有名人に関する話は他にもありまして、当時人気絶頂にあった男性アイドルの妹さんが熊谷基地で勤務していたとかね、ありましたね、噂話ですけど。

また、気が向いたら自衛隊の思い出話を記事にしたいなと思います。