昨年のドラフトで超目玉でありながらプロ野球志望届を提出せず、アメリカの大学へ進学することを表明していた佐々木麟太郎選手(花巻東高)の進学先が決定したと、先日報道されていました。スタンフォード大学ということで、私は良く知りませんけど、かなりの学力も求められる名門大学だそうで、ちょっと驚きましたね。父親である花巻東高野球部の佐々木洋監督によると、進路選びとしてNPBや日本の大学も含めて選択肢にはあったと、その中でアメリカの大学を選んだ理由として「NPB(日本プロ野球)にもMLB(メジャーリーグ)にも2年、3年と2回に渡って指名を受けられるという意味ではアメリカの大学の方が可能性が広がるのではないか」という結論だったと、インタビューで語っていたようです。その中でスタンフォード大学を選んだ理由は、同大学野球部監督の「親のように預かっていきたい、彼(麟太郎選手)の人生に寄り添っていけるように」という発言が決め手になったと、報じられていました。いろんな報道等を読むと、やはり佐々木麟太郎選手は洋監督からのアドバイスもあり、かなりメジャー志向が強いとのこと。NPBを通らずにいかにメジャーに挑戦できるか、それが叶わなかったとしてもNPBにどうすればわだかまりなく指名していただけるか洋監督は以前から考えていたようで、それで今回、息子さんの進路のタイミングで発動したと、そういうことでしょう。私も良く知らなかったのですが、日本の高校から直接メジャーに挑戦するには昨年の7月末の時点で「インターナショナル、アマチュアFA」選手として登録されなければならず、夏の甲子園を目前にそれは出来なかった。おそらく退部扱いになるでしょうからね。そこでもう一つの選択肢がアメリカの大学に進学することだったと、そういうことのようです。実はこれと似たようなことが15年ほど前に起きていて、田澤純一選手(新日本石油ENEOS~レッドソックスなど、現ENEOS)が当時NPB入り拒否を表明し、メジャーリーグと直接契約した出来事がありました。社会人からだとおそらく志望届の提出は必要なく、NPB各球団は当然ドラフト超目玉だった田澤選手を指名することになる。それを危惧した田澤選手側は、NPB各球団に指名を見送るよう文書を送達、直接メジャー契約したことで、当時は大問題となりました。NPBとMLBの間には紳士協定が結ばれていて、お互いの国のアマチュア選手とは交渉しないというルールが設けられておりますが、日本の選手がメジャー入りを希望している状態では職業選択の自由に反するため協定の範囲外となっており、NPBとすればそういったアマチュア選手の海外流出を防ぐため、新たなルールを設けざるを得ないという事情があっていわゆる「田澤ルール」を作った経緯があります。因みに田澤ルールとは、NPBを通らずに直接メジャー契約した選手は大卒社会人は2年、高卒は3年間はNPB球団と契約することが出来ないという申し合わせ事項のことですね。現在は撤廃されております。これと同じことが田澤選手の問題以前にも起きておりまして、マック鈴木選手(滝川二高中退~マリナーズやオリックスなど)や多田野数人選手(八千代松陰高~立教大~インディアンスや日本ハムなど)も同様に直接メジャー契約しております。その後、2選手ともNPBからドラフトで指名されて日本球界に復帰を果たしました。しかし田澤選手と違う点は、マック鈴木選手は特にメジャー志向が強かったわけではなく、素行の悪さから高校を中退してやむなく渡米していること、多田野選手はドラフト直前に自らの不祥事が発覚して指名を見送られ、やむなく渡米した経緯がありますので、田澤選手と同列には扱えないだろうとは思いますがね。この田澤選手の一連の問題に佐々木洋監督は興味を持っていたようで、選手の進路における選択肢を広げるため、当時からいろいろ考えていたとのこと。花巻東高出身の菊池雄星投手(西武~マリナーズなど)や大谷翔平選手(日本ハム~エンゼルスなど)の時もそういう選択肢も提案していたようですが、最終的には本人の意思が尊重されたということです。

前述したとおり、佐々木麟太郎選手は2年後以降にMLBやNPBから指名を受ける可能性は当然あります。これも報道で知ったのですが、日本国籍を有する日本人選手が海外の大学に在籍した場合、プロ志望届は不要とのこと。MLBからの指名は当然不要だろうと思っていましたが、NPBからの指名も届け出が不要だとは知りませんでした。プロのOBがさまざまな意見をユーチューブで発信しておりますけども、自身の考えだけじゃなくて、そういうところも解説していただきたいですよね。それともご存じ無いのかな?ならば解説者として勉強不足ではないですかと、申し上げたいなと思います。話を本題に戻すと、メジャーリーグのドラフト会議は4年制大学では3年生を修了または2年以上の在学で21歳以上の選手が対象になるとのこと。また、NPBは本人が希望する2年後から志望届がなくても指名できるようです。そう考えると、メジャー志向の強いアマチュア選手は麟太郎選手のような選択肢も今後、視野に入れる選手が増えていきそうな予感がしますね。そこでちょっと思い出したことがありまして、駒大苫小牧高(北海道)が夏の甲子園で14連勝を飾っていたころのプロ野球選手といえば田中将大投手(東北楽天~ヤンキースなど、現東北楽天)しか思い浮かばないと思うのですが、実はもう一人、プロの世界に足を踏み入れた選手がおりました。田中将大投手と同学年で14連勝に大きく貢献した鷲谷修也選手(北海道登別市出身)。高校卒業後、野球を辞めてアメリカの短大に進学、そこでひょんなことから同大学の野球部に入り野球を続けることになったんですね。そこでのプレーがメジャーのスカウトの目に留まって2度にわたってドラフトで指名されております。1度目は自信がないということや、在学中ということもあってプロ入りを拒否、しかし翌年も同球団(ナショナルズ)から順位を上げて指名を受け、ご本人曰く「心が揺らいで」プロ入りしました。短大の方は首席で卒業したとのこと。結局は1年余りで解雇となり、その後は日本の独立リーグでプレーしておりましたが(現在は現役を引退)、鷲谷選手の場合も指名届などは一切出さず、メジャー球団から短大在学中に指名されてるんですよね。佐々木麟太郎選手の場合も4年制大学と短大の違いはあるにせよ似たような状況なわけでして、当然卒業を待たずにプロ入りするケースもあり得ると思います。

ということで佐々木麟太郎選手に絡む過去の出来事などを取り上げて参りましたが、個人的な感想としては選手の選択肢が広がることは非常にいいことだと思っています。確かに麟太郎選手のような選手が増えればNPBの存在意義の問題にもなってくるでしょうが、前述しましたが職業選択の自由も選手側にはあるということを忘れてはいけません。ただし、メジャーに挑戦するのならそれ相応の覚悟を持って行って欲しい。田澤純一選手はメジャーの球団を自由契約となった後、NPB入りを目指しましたが叶いませんでした。メジャーに直接挑戦するのなら野球人生をアメリカで終えるくらいの覚悟が必要だと感じます。佐々木麟太郎選手が今後、どういう道へ進むかわかりませんが、強い覚悟と信念を持って野球に打ち込まれることを願っております。そして、どういう決断に至ろうとも我々野球ファンは応援していかなくてはいけませんね。