2500年前、お釈迦様は「人間の 苦 とは、思いどおりにならないこと」と見抜かれたそうです。
苦の本質は、「最初に “思い”ありき」で、「思い」がなければ、「思いどおりにならない」ことがなくなる。「思い」が強ければ強いほど、人間の生活は苦しく 辛くなる。
「思いどおりにしたい」のに「思いどおりにならないこと」が「苦」だからで。「思いどおりにしたい」というのを「執着」といい、「思いどおりにする」のではなく「受け入れる」。これを「悟り」と呼ぶそうです。そして受け入れることができれば、楽になるらしい。
そしてまた、
幸せとは「手に入れるもの」ではなく「感じるもの」と言っている人がいて、
「感じること」「気づくこと」、「感じた」人、「気づいた」人にのみ帰属して「幸せ」が生まれる。 私達は、幼いころから「足りないものをリストアップし、それを手に入れること」を教え込まれてきて、それを手に入れたらはじめて「幸せ」であり、手に入れなければずっと「不幸」のようにと、教えられてきたところがあり…
でも、今朝も自然に目覚めたこと、食べることができた、飲むことができた、トイレも行けた、歩けた、目が見えた、音が聞こえた、寒さが感じられた、自分自身で呼吸できた、多数の人と同じように目が二つあること、耳が二つあること、鼻の穴が二つあること、口が一つあること…数えていったらキリがない。
こういったことがすべて「幸せ」なのだと思う。私が「感じた」ものが「幸せ」なんだと言っておられます。