幼い頃に話を戻します


私はとにかく体が弱い子で

成長も遅く中学に入るまで、小学生低学年と間違われるほど体が小さかった

未熟児で生まれたから、などとよく言われた

言葉を発するのも遅く

誰の声も聞こえていないかの様に

大人からの呼びかけに無反応な子

こだわりが強く一つの事にハマると他の事は目に入らなくなる

食べ物もそうだ、気に入ったらそればかり食べてしまう

親も気にしていなかったのだろう

毎日毎日、玉子とラーメンが食卓に上がり蕁麻疹が出て小児科の先生から怒られていた母


年に1度は入院していた記憶がある

、すぐ肺炎を起こしてしまうのだ。

少し車を走らせれば小児科のある病院があったけど

面倒だったのか地元の小さな病院にいつも連れていかれ

お年寄りと同じ部屋に入院していた


風邪を引いても、熱があっても

母はあまり気にしていない

割れる様に頭が痛くても、プールに行って来たら?とプールセットを渡される 

昼間は少しでも一人の時間が欲しかった様だ

熱があっても学校に行く?と聞いてくる


結局、動けなくなるほど悪化してやっと病院へ連れて行って貰えるが


結局、入院する羽目になる

当たり前だ、風邪だってこじらせたら重い病気になってしまう事もある


入院中、同室のお婆ちゃんたちが良く声をかけてくれたり

お見舞いで頂いたであろう、お菓子やジュースをくれた。

母は面倒くさそうで、同室の患者さんと関わりたくないのか

カーテンを閉め切ってしまう


何故、母がこの病院を選んでいたのか入院してすぐわかった

看護師さんに友達がいたのだ

私が熱でうなされていても

夜中に病室を出て、その友達の看護師さんとお喋りしていた

私の入院は、友達と会える息抜き程度だったのだろう


同室のお婆ちゃんにはお孫さんがいた、1日置きにお見舞いに来ていたが話をする事はなかった

そのお孫さんは知的障害者で、いつも日本人形を抱っこし話しかけている。

病棟の廊下を全力で走り

日本人形を力いっぱい廊下に転がす、開いているドアから

日本人形が廊下を滑っていくのが何度も見えた

子供ながらに怖かった

たまに目が合うと、睨みつけてくる、日本人形が飛んでくる

聞き取れない早さで何かを叫ばれる


その子がお見舞いに来ると、私は布団に戻って気配を消していた


しばらくして、地元で高齢者が子供に刺されて亡くなると言う事件が起きた。同室のお婆ちゃんと日本人形のお孫さんだった


それ以降、母は小児科がある少し遠い病院まで私を連れていく様になる


そういえば、父方の親戚がお見舞いに来た事があった

お見舞い金が入った封筒とプリンを貰って嬉しかった

そのお見舞い金を母がいつものごとく雪乃の貯金通帳に貯めておくね、と預かったのだが

退院してから義理母が

「私の娘が出したお見舞い金だから変えして、私は出さなくていいと言った」と、母に詰め寄り喧嘩になった

くだらない


でも、私の貯金通帳に入れたならそのまま返せばいいだけなのに

母は「もうない」と言った

返したくないから嘘をついているのだと思った

義理母も私と同じ事を思ったのだろう「嘘つくな」と怒った


母はどうぞ!と言わんばかりに

私の貯金通帳を開いた

過去のお年玉などでかなりの金額があっただろう通帳にはお金が入っていなかった


マジだった


体を壊すたびにこの事を思い出す


そしてこの件以来、なんと親戚から貰えるお年玉の金額が明らかにガクンと減ったのだ(義理母が恐らく親戚に根回しした)

ただこれに関してはそれが正解だと思う

どうせ母に使い込まれるし

私が使う事はないお金なので


今になって

そんな金銭感覚でよく家を建てたな?と思う

せっかく建てた家も、家族で住んだのは何年?

家のローンが終わる前に家族がバラバラになって空き家になった


で、誰が相続したんだろう?

余計なお世話か。

私には関係のない話だから

どうでもいいかな