トライアル出発予定日まで
まだ少しあるサビ姐さんは
いつも通り我が家にいる。
猫たちの様子は
いつもとほとんど変わりがないように見えるし
もうこれから起きる変化に対応しているようにも思われる
というのも
一緒に過ごすリミットがハッキリしている姐さんに、分かってはいるけどどうしても人間は多めに絡んでいる気がするのだが、うちの2匹はいつも以上に静かな目でそれをやり過ごしてくれている気がするのだ。
ふと見ると
2匹で打ち合わせ中、みたいな姿も見るし…
ラナちゃん、あのお婆さん、
良いとこの子になるらしいよ。
…そうなの?
(ムネの素知らぬ風な背中!)
ムネが
人間の心を代弁するかのように
名残惜しげに姐さんの尻尾を掴んだり。
姐さん〜
良かったねー
熟女版シンデレラストーリーやないですかぁ?
ボクもあやかりたいかも〜?
ま、
人間というのは
そんな気になればみんなそんな風に見える、そんな生き物だから、実際絶対そうだよ!とか、あんまり盲信するわけではないんだけど
私の中ではそうなんだな、ってことで。
思えば姐さんは最近ずっと
ムネに鼻チューをしに行くけれど
ムネは仁王立ちで
お返しはしない…。
初めの頃は
ムネはそれは優しく
姐さんのそばに行ったものだったが
その当時の姐さんはホントにムネに容赦なかったから、ムネはもう、諦めちゃったというか、警戒すべき相手になってしまったのか(今は尻尾掴んで寝たりもしてるけど)
あるいはラナの心情を慮ってのつれない態度なのか(そんなデリカシーは待ち合わせていない、と私は思っているが)?
姐さんの猫団子姿は
ウチでは見られなかったな…。
私は正直
今回の譲渡会の直前には
もう、うちに姐さんがずっといることになるのかもしれないな…と半分くらい思っていた。
保護団体のメンバーの方々が
譲渡会参加をせっつくでもなく、人間の意向をそっと待ってくれていたのも、もしかしたら私が姐さんを手放したくないんじゃないかと慮ってのことじゃないかしらと、ずっと思ってはいた。
でも実際のところ、
そうではないのだ。
というか、私の住まい方はどうしても
ラナと、姐さんそれぞれの理想を同時に叶える事ができない、と思うのである。
(ムネ氏は、この場合どっちでも良いように思う。)
それでも、
現状が、現実的なベストという事なのなら…そうなんだったら、もう、うちの子って事にした方がいいのかな…
そんな風に思ったりしていて
もしホントにそうなってしまったら。
ずっと家に姐さんがいることになったら…。
ムネとラナ、特にラナは、一年前の9月までの、我が家のアイドルとして天真爛漫に過ごした日々を永遠に失うかもしれない…
それは取り返しのつかない可哀想な事だったりしないだろうか?
そんなことばかり考えていた。
毎朝、人間の左側からせっせと起こしに来たラナの目に、右側の頬横にいる姐さんが映り、
…数秒の沈黙の後、姐さんにコッペパンチを繰り出すラナ、
応戦した姐さんのパンチの方が重みがあって、結局追われて逃げるラナ…
夜帰宅したらまずは姐さんが膝に乗って
人間が夕食を摂り、
その後「ボクの番!」とムネがソファでアピールするのに人間が対応するのを
離れたところからひたすらじーっと見ているラナ…
キッチンと風呂場だけは、自分と人間のテリトリーだとやたらアピールするラナ…
彼女のパパ活の餌食みたいな人間にとっては、ラナ嬢に、持たなくてもいいはずの不満を持たせ、感じなくても良かったはずのストレスを与えているかもしれないことに申し訳なさをずーっと感じていた。そして、ラナをとにかく天真爛漫なまま猫生を全うさせたいと願うあまり、早くこの状態を打開しなければならないと焦る…。
しかしまた、
こうも考えるのだ
例えば夫婦水入らずで暮らしていたところに、突然姑の同居が決まり、長い同居、更に介護生活がやってきた人達が居たとして、
その同居期間は果たして「楽しい人生の損失」なのだろうか?
ラナのために、姐さん抜きの生活を取り戻さねば、と焦る自分はつまり、姐さんのいる生活を、ラナにとっての損失、そんな風に思ってるって事なのだろうか?と。
そうではない、と
思うのだ。
そしてそれは姐さんに失礼だ。
姑の面倒を見なければ、快適な日々があり得たかもしれない。しかし姑との生活にもあるであろう楽しさや面白さ、そして、苦しさがあったとしてもそれを経験したからこそ得られる幸せ、もあるだろう。
人生は一度きりだから、どう転んでももうそれ自体貴重な事なのだ。どっちかしか、経験できないのだ。経験しなかった方が、良いものだったかどうかなんて誰にも分からない。
(すんごい不幸に見舞われたらこうも言ってられないのかもしれない。しかし「こうでさえなかったら」と考えることは余計、「今の生活」をタラレバ地獄に堕としていくだけではないか?)
と言うわけで
結局、
どう転んでもいいな。
に落ち着くのである。
そうは言いつつも
2匹だけの、ラナのツンデレ劇場みたいな生活風景を垣間見ることは、もうないかもしれないという思いから、やにわに作家さんにラナや、ムネラナ2匹をモチーフにした絵やら作品やらを衝動的にオーダーしてしまったりしたのも事実(完成したらまた報告します)。
オーダーするにあたり
過去のアルバムを何度も遡って写真の選出を試みた。
そして痛感した、
姐さんを預かってから、
ムネ、ラナの姿をカメラに納める枚数の減りっぷりを。
これまでむしろ撮りすぎていたので
減ったとは言え
iPhone内はもうパンパンである。
普通に考えたら、まだ撮りすぎレベルに写真はある。
でも、でも
一年ちょっと前までの枚数と比べたら
激減なのだ。
2匹が、自分達への関心が薄まったよなーっと感じていても否定できない…(あるいは、iPhone向けられる回数が減って嬉しいかも?)
姐さんへも、
預かり猫だから…と中途半端な可愛がり方をし、
ムネ、ラナにも
お客人(猫)がいるんだから、という理由で大幅なサービスの低下をきたし、
どっちにも中途半端な一年だった…。
これではいけない
もしも3匹の暮らしになったら、
ただの、今の延長ではいけない❗️
などと思ったりして
なんにせよ、なんか色々と反省していた、
そんな矢先の、
姐さんへのお申し込みだったのだ。
簡単に言えば
ホッとしたような悲しいような、
複雑な心境である。
寂しくなるのはもちろんだが、
発展的なお別れかなと思うと
清々しくもある、
現在の心境はそんなところです。