blog no.283 20200708 水
マルスや周遊券で、比較的面白いものをご紹介します。本日はその2回目となります。題名につけてある3桁の番号は「国鉄硬券」「民鉄硬券」からの通し番号です。
本日は【1980~1982年分】(13枚)です。
卒論をほったらかして、友人と乗り潰しの旅にでました。最も手を焼いたのは、会津線(西若松~会津滝ノ原)です。盲腸線で距離もかなりあり何より本数が少ない・・・。ここは廃止になると踏んでいました。まさか東武の終点、新藤原から先、野岩線が出来て会津線は会津鉄道として、会津若松まで繋がることになろうとは、夢にも思っていませんでした。さらに難関だったのが、日中線(喜多方~熱塩)です。これも盲腸線で、日に3往復しかありませんでした。夜行急行「まつしま」で出かけた(上野23:55発)のを昨日のことのように思い出します。
そんな関西旅行で、最もエポックメイキングだったのが「福知山線尼崎支線(通称:尼港線)」でした。福知山線の塚口駅から尼崎港駅までの短い支線を、日に2往復しか無い客車が走るという、大都会の中の「空白地帯」でした。1人で塚口駅に降り立ち、ホームの端にポツンと停まった客車(引くのはディーゼル機関車)に乗り込んだところ、どうも車内の様子がおかしい。乗客は私ともう一人だけなのに、カメラ・ライト・音声・ディレクターと思しき人物、そしてレポーターが、その「もう一人の客」にインタビューをしているではありませんか。私は、関わりたくないので無視して「短時間の都会のローカル線」を楽しみました。列車はすぐに終着です。すると、TV画面で見慣れたレポーターが私に近づいてきて、インタビューされてしまいました。当時、日本テレビ系列で「ルックルックこんにちは」という朝番組があり、その取材に出くわしてしまったようなのです。色々聞かれて、インタビューが終えたあとレポーター氏いわく「お礼に何か助けてあげられることはあるかな?」と。尼港線は折り返しは2時間後です。改札はもちろん、出札口もなく、ただ「事務所の閉まった窓」だけがある尼崎港駅発のの切符を買えないでしょうか?とお願いをしました。マスコミの威力は凄いですね。「お安い御用」とばかりに、ドンドン事務室のドアを開いて、「読売テレビですが!」と言って無理矢理買わせてくれたのが↓の切符です。地元の人ならばいつでも買える切符だと思います。しかし、私は東京から来ている。日に2往復しかない線の終点の切符を買うことは諦めていたので、望外の悦びでした。翌日、「俺がTVに出るから」と、家に電話して、大枚をはたいて亡父が買ったばかりのVHSビデオに放送録画予約を頼んだのは言うまでもありません。(電話代がべらぼうに高かったですね・・・)
今回も、最後まで駄文におつきあいくださり、ありがとうございました。
また、一々ホルダーから切符を出さずに撮影したため、グラデーションがおかしくなっていたり、妙な影が写り込んでいたり、とお見苦しい点を、深くお詫びします。
今後ともよろしくお願いいたします。