blog no.792

タイトル :   千羽づる:Sadako's story(1989) を観て
 

観た日:260805 水
放映日:260826 水
放送局:BS12

その他の情報:原作:寺島悠介(「飛べ!千羽づる」)。監督:神山征二郎。出演:広瀬珠美・倍賞千恵子・前田吟。1989。上映時間96分。

評価:★★☆☆

戦後の痛みと赦しの願いが、折り重なる紙のように静かに心を揺らす物語である。ひとりの女性の祈りが、愛と悔恨の狭間で揺れる人々の記憶を照らし、折り鶴は希望と罪を映す象徴となって観る者に深い余韻を残す。実話を基に撮られた悲哀物語。(劇中の姓名も実名)



原爆によって深い傷を負った広島を舞台に、病(白血病)に倒れた少女・佐々木禎子と、その家族、そして周囲の人々が希望と祈りを折り重ねていく物語である。禎子は原爆症により入院し、快癒を願って折り鶴を作り続けるが、病状は次第に悪化していく。彼女の姿は家族や友人に強い影響を与え、折り鶴はやがて禎子の願いを超えて、平和への象徴として広がっていく。物語は、禎子の闘病と家族の葛藤を静かに描きながら、戦争が残した傷跡と、そこから生まれる祈りと希望を浮かび上がらせる。

当作は、原爆によって深い傷を負った広島の現実を描く作品であるが、その表現はしばしば過度に説明的であり、映像としての力強さが充分に発揮されているとは言いがたい。禎子の闘病と折り鶴の象徴性は広く知られた題材であるにもかかわらず、映画はその重さを真正面から受け止めるよりも、物語を整然と進めることに意識が向きすぎている印象を与える。結果として、禎子の心情や家族の葛藤が深く掘り下げられず、観客が彼らの痛みに寄り添うための余白が不足している。また、原爆の悲劇を扱う作品としては、映像表現がやや控えめであり、広島の街が抱える現実の苛烈さが十分に伝わらない場面も多い。禎子の折り鶴が平和の象徴として広がっていく過程も、説明的な描写に頼る部分が目立ち、象徴が生まれる必然性や人々の心の動きが十分に描かれていない。物語の核心である「祈り」と「希望」が、観客の心に強く刻まれるほどの力を持ちきれていない。
総じて、当作は題材の重要性ゆえに一定の感動を呼び起こすものの、映画としての構成や人物描写の深度が不足しており、原爆の悲劇を扱う作品としてはやや物足りない印象を残す。禎子の物語が本来持つ普遍的な力を、映像として最大限に引き出すには、より大胆な表現と人物への深い踏み込みが求められた作品である。
 


この鑑賞で、今年の映画鑑賞本数は31本目となりました。

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blog no.791

タイトル : シビル・ウォー:アメリカ最後の日(2024) を観て

観た日:260822 土
放映日:260704 土
放送局:BS101

その他の情報:米・英。監督・脚本:アレックス・ガーランド。出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、ケイリー・スピーニー。2024。上映時間109分。

評価:☆☆☆☆

極端に分断が進み、ついには内戦へと発展した架空のアメリカが舞台。大統領の単独インタビューを狙う女性ジャーナリストを主人公に、各地で壮絶な市街戦が繰り広げられる内戦の行方を追うロードムービー。



アメリカでは連邦政府の統制が崩壊し、複数の州が離脱して内戦状態に突入している。大統領は三期目に突入し、FBI解散など強権的な政策を続けた結果、国は完全に分断され、首都ワシントンD.C.は陥落寸前である。戦場カメラマンのリー、記者ジョエル、老記者サミー、幼いカメラマンのジェシーの四人は、大統領への単独インタビューを目指して、戦場と化したアメリカを横断する旅に出る。彼らは道中で民兵による処刑、無政府状態の街、難民キャンプなど、内戦の現実を次々と目撃し、報道の使命と人間としての恐怖の狭間で揺れ続ける。やがて西部勢力がホワイトハウスへの総攻撃を開始し、四人は激しい銃撃戦の中で大統領の最期を記録しようとする。リーは戦闘の中で命を落とし、ジェシーは無表情のままシャッターを切り続ける。内戦の狂気と報道の宿命が交錯する中、物語は静かに幕を閉じる。

当作は、アメリカ内戦という刺激的な題材を扱いながら、その重さに見合うだけの物語的な深度を充分に掘り下げているとは言いがたい作品である。戦場を横断するジャーナリストたちの旅は、表面的には緊張感を保っているものの、彼らの内面や動機が充分に描かれないため、観客が感情的に寄り添う余地が乏しい。とりわけ幼いカメラマンのジェシーの成長物語は提示されるだけで、掘り下げが浅く、象徴的な存在としての重みを持ちきれていない。また、映画は「アメリカが崩壊する」という壮大な設定を掲げながら、その背景説明をほとんど省略しているため、世界観が薄く、内戦の必然性が観客に伝わらない。大統領の暴走も、州の離脱も、ただ“起きていること”として提示されるだけで、政治的・社会的な積み重ねが描かれない。結果として、物語の根幹であるはずの国家崩壊が、単なる舞台装置にとどまってしまっている。さらに、戦闘シーンは迫力こそあるものの、繰り返しが多く、映像の衝撃に頼りすぎている印象が強い。ジャーナリストの視点を採用したことで「報道の倫理」や「記録する者の宿命」を描こうとした意図は理解できるが、そのテーマも充分に掘り下げられず、結果として中途半端なまま終わる。ラストのホワイトハウス襲撃は視覚的には強烈であるものの、物語的な必然性や感情の積み重ねが不足しているため、衝撃が持続しない。
総じて、当作は“刺激的な題材を扱った視覚的な体験”としては成立しているが、“物語としての説得力”や“人物の厚み”が不足しており、テーマの重さに対して内容が追いついていない作品であると言える。
 


この鑑賞で、今年の映画鑑賞本数は30本目となりました。

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blog No.790
 
久々の外出。
直腸や大腸の不良から、すっかり体力・筋力が落ちてしまい、歩行が困難。どこかに出かけるのが怖くなってしまいましたが、7月の精密検査の結果は良好、お腹の調子も大分良くなり少し歩くことに自信を取り戻せたので、思い切って近場のギャラリーに出かけてきました。猛暑の中、無事に行って来れて良かったです。

行った日 : 260819 水
展覧会名 : 横浜絵&鉄道絵:新時代の幕開け
場所        :川崎浮世絵ギャラリー(神奈川県川崎市)
会期   : ~9/6







横浜絵とは、幕末から明治初期にかけて横浜の風景や外国人の姿を描いた浮世絵の一種で、1859年の横浜開港をきっかけに誕生した絵画様式です。開港によって日本人が初めて外国人や異国の文化を目にするようになり、その珍しさや新しさを伝えるために、多くの絵師が競って横浜の様子を描きました。蒸気船、洋館、馬車、外国人の衣装など、当時の日本ではまだ珍しかった光景が鮮やかに表現されており、人々はこれらの絵を通して横浜の異国情緒を知ることができました。横浜絵は、写真が一般的ではなかった時代に、横浜の最新の出来事や風景を伝える“視覚的なニュース”としての役割を果たしていました。二代歌川広重や歌川貞秀、歌川芳虎など、歌川派を中心とした多くの絵師が制作に携わり、わずか数年の間に数百点もの作品が出版されています。写実性と想像が入り混じった独特の表現は、当時の人々の好奇心を強く刺激し、横浜絵は一大ブームとなりました。現在では、横浜絵は開港期の横浜を知る貴重な資料として評価されており、異文化との出会いが日本の美術にどのような影響を与えたかを示す重要な存在となっています。

また、鉄道絵とは、明治時代に鉄道の開通や駅の風景、列車の姿を描いた浮世絵の一ジャンルです。横浜絵や開化絵と同じく、近代化の象徴を視覚的に伝えるために作られた“時事的な絵”であり、当時の人々が新しい文明をどのように受け止めていたかを知る手がかりになります。鉄道絵が生まれた背景には、明治5年(1872)の新橋・横浜間の鉄道開通があります。日本人にとって蒸気機関車はまったく未知の乗り物であり、その巨大な車体や煙を吐きながら走る姿は強烈なインパクトを与えました。写真がまだ一般的ではなかった時代、人々は浮世絵を通して「鉄道とはどんなものか」を知り、文明開化の象徴としての鉄道を視覚的に受け取っていきました。鉄道絵には、駅舎やホームの様子、列車の内部、乗客の姿、鉄橋を渡る機関車など、当時の鉄道風景が生き生きと描かれています。絵師は歌川派を中心に多く参加し、鉄道の仕組みを正確に描こうとする写実的な作品もあれば、想像を交えたユーモラスな表現もあります。横浜絵が外国人や港の風景を描いたのに対し、鉄道絵は「日本の近代化」を描いた点で性格が異なります。現在では、鉄道絵は日本の鉄道史を知る貴重な資料として評価されており、明治初期の駅の姿や車両の形状、当時の人々の服装や生活感まで読み取ることができます。単なる美術作品ではなく、文明開化の空気を伝える歴史的な記録として重要な位置を占めています。

全展示30点中、21点までもが横浜絵でした。鉄道絵は9点に過ぎませんでしたので若干消化不良でした。作品自体もどこかで観たことがあるものが多く少しガッカリ。しかし、リハビリ外出だと思えば概ね満足の行く展示会でした。

 

今回も

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
 
今後ともよろしくお願いします。