blog no.780

 

 

タイトル : 僕のワンダフル・ライフ(2016) を観て


観た日:260509 土
放映日:260406 月
放送局:BS101

その他の情報:米。監督:ラッセ・ハルストレム 。出演:ブリット・ロバートソン、K・J・アパ、ペギー・リプトン、デニス・クエイド。2016。上映時間100分。

評価:★★★☆

作品の原題である “犬が何度も生まれ変わりながら、大好きな飼い主を探し続ける”や
“犬の使命”という物語を象徴している。分かっていながら、ラストは感動的ですらある。



一匹の子犬が「僕は、何のために生まれてきたんだろう?」と自問するところから物語は始まる。その犬は 何度も生まれ変わりながら、さまざまな飼い主と出会い、別れ、そして再び新しい人生を歩んでいく。最初の姿では、少年イーサンと強い絆を結び、彼の成長を傍で見守る。しかし寿命を迎えると、犬は別の犬として転生し、警察犬として働いたり、孤独な女性の相棒になったりと、まったく違う人生を経験していく。それでも心の奥底には、かつての“最愛の飼い主”イーサンの記憶が残っていた。長い時を経て、犬は再びイーサンのもとへたどり着く。老いたイーサンは最初こそ気づかないが、犬が見せる仕草や遊び方が、かつての相棒そのものだと悟り、二人は再び心を通わせる。犬はようやく理解する。「僕の使命は、愛する人を幸せにすることだったんだ」。その答えを胸に、犬は静かにイーサンのそばに寄り添い続ける。

当作は、“犬の転生”という強いフックを持ちながら、その設定を十分に掘り下げきれていない作品である。物語は複数の転生エピソードをつなぐ構成だが、どの人生も短く区切られているため、感情の積み上げが弱く、エピソード集のような断片的印象が残る。結果として、観客が深く没入する前に場面が切り替わり、感動の密度が薄まってしまう。また、犬の視点で語られるナレーションは愛らしい反面、説明的で、観客の想像力を奪う場面も多い。犬の“使命”というテーマは普遍的だが、脚本が提示する答えは単純で、物語のスケールに比して哲学的深みが不足している。演出も安全運転で、涙を誘う場面はあるものの、感情操作が見えすぎてしまい、ドラマとしての説得力を損なっている。最大の問題は、転生を重ねる犬の“成長”や“学び”が十分に描かれず、最終的な結論が予定調和に落ち着いてしまう点である。観客は泣ける映画として楽しめるが、作品としての挑戦性や独自性は控えめで、良くも悪くも“無難な感動作”にとどまっている。


この鑑賞で、今年の映画鑑賞本数は19本目となりました。

 

最後まで読んでくださって、誠にありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。

blog no.779

 

 

タイトル : ドライブ・イン・マンハッタン(2023) を観て


観た日:260507 木
放映日:260407 火
放送局:BS101

その他の情報:米。監督:クリスティ・ホール 。出演:ダコタ・ジョンソン、ショーン・ペン。2023。上映時間100分。

評価:★★☆☆

JFK空港からマンハッタンへ向かうタクシーの中で、乗客の女性と運転手が、他人同士だからこそ語れる深い本音を交わす二人劇” である。



深夜のニューヨーク。ジョン・F・ケネディ空港からマンハッタンへ向かうタクシーに、プログラマーの女性(ジョンソン)が乗り込む。運転手(ペン)はシニカルなジョークを交えながら話しかけ、最初は軽い雑談だった会話が、次第に互いの人生へ踏み込んでいく。運転手は自らの離婚歴を語りつつ、女性がスマートフォンでやり取りしている相手が“既婚者の恋人”であることを鋭く見抜く。女性は反発しながらも、やがて誰にも言えなかった秘密を語り始める。二度と会わない他人だからこそ、二人は心の奥底にある痛みや孤独をさらけ出していく。事故渋滞でタクシーが動かない時間が続く中、会話は恋愛・家族・人生の後悔へと深まり、女性はついに“最も重い秘密”を告白する。運転手もまた、彼女の言葉に自分の過去を重ね、静かに寄り添う。タクシーが目的地に到着する頃、女性の表情にはわずかな変化が生まれていた。二人は短い時間だけ心を通わせ、再び夜の街へと別れていく。ラストシーンで、彼女が投じるチップの額が非常に恣意的で印象的である。

当作は、タクシーという密室での会話劇を売りにしているが、そのミニマルな設定を充分に活かし切れているとは言い難い。まず、物語の中心となる“赤の他人同士が心を開く”という構図は、映画史上何度も繰り返されてきた定番であり、本作はその枠を越える新鮮さを提示できていない。会話の内容は恋愛・孤独・家族といった普遍的テーマに触れているものの、脚本が提示する洞察は表層的で、観客に深い思索を促すほどの強度を持たない。演出面でも、タクシー内のワンシチュエーションに頼りすぎており、映像的な変化や緊張感の緩急が乏しい。ショーン・ペンとダコタ・ジョンソンという実力派俳優を起用しているにもかかわらず、二人の演技が“脚本の枠”に閉じ込められてしまい、キャラクターの奥行きが十分に立ち上がらない。特に、女性が抱える秘密や葛藤が唐突に語られる場面は、心理的な積み上げが弱く、観客に“語らせるための設定”として見えてしまう。更に、映画が提示しようとする“都市の匿名性が生む一瞬のつながり”というテーマも、既存作品との差別化が不十分である。ニューヨークという舞台の魅力を背景に置きながら、街の空気感や都市の息遣いがほとんど画面に反映されず、舞台設定が物語の必然性として機能していない。結果として、映画は“良質な短編ドラマ”の域を出ず、長編映画としての密度や必然性に欠けると思われる。総じて、当作は俳優の存在感と設定の魅力に支えられた作品ではあるが、脚本・演出の深度不足が目立ち、観客に強い余韻を残すには至らない。会話劇としての可能性を持ちながら、そのポテンシャルを充分に引き出せなかった作品であると言える。


この鑑賞で、今年の映画鑑賞本数は18本目となりました。

 

最後まで読んでくださって、誠にありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。

blog no.778

 

 

タイトル : グラン・トリノ(2008) を観て


観た日:260402 木
放映日:260417 金
放送局:BS101

その他の情報:米。監督・主演:クリント・イーストウッド 。出演:ビー・ヴァン、アーニー・ハー。2003。上映時間117分。

評価:★★★☆

巨匠クリント・イーストウッド監督が、自ら主演して世の中に怒れるガンコ老人を演じた感動の人間ドラマ。急速に様変わりしていく世間を嘆き、孤独に生きる人種差別主義者の偏屈老人が、ひょんなことから隣人のアジア系移民家族と思いがけず交流を深めていくさまを、哀愁の中にもユーモアを織り交ぜつつ静謐な筆致で綴ってゆく物語。




朝鮮戦争の退役軍人ウォルト・コワルスキー(イーストウッド)は、妻に先立たれ、移民が増えたデトロイト郊外で孤独に暮らしている。偏屈で頑固、そして人種的偏見を抱えた彼は、隣家に住むモン族の家族とも距離を置いていた。しかし、少年タオ(ヴァン)がギャングに脅され、ウォルトの愛車“グラン・トリノ”を盗むよう強要された事件をきっかけに、彼らの生活と深く関わるようになる。タオはウォルトに謝罪し、償いとして彼の家の仕事を手伝うようになる。ウォルトは次第にタオの誠実さを認め、彼に仕事の心得や生き方を教え始める。タオの姉スー(ハー)とも交流が生まれ、ウォルトは自分が抱えてきた戦争の傷や孤独と向き合うようになる。しかし、タオの周囲には依然として暴力的なギャングが存在し、彼らはタオの家族を脅かし続ける。ウォルトはタオを守るために立ち上がるが、その行動はやがて彼自身の過去と罪を清算するための“最後の選択”へとつながっていく。物語は、偏見に満ちた老人が他者との関わりを通して変化し、贖罪と救いを見いだす過程を静かに描き出していく。

当作は、クリント・イーストウッドの晩年の代表作として高く評価されているが、敢えて批評的に見ると問題点も少なくない。まず、物語の中心にある“偏見に満ちた老人が異文化との交流で心を開く”という構図は、あまりに典型的であり、白人男性の成長物語として都合よく整理されすぎているきらいがある。主人公ウォルトの変化は劇的であるが、その過程は文化的・社会的複雑さを充分に描き切れておらず、モン族コミュニティが“主人公の成長のための装置”として扱われている印象が強い。また、モン族のキャラクター造形はステレオタイプに寄っており、彼らの文化や歴史が深く掘り下げられることはない。特にギャング描写は単純化されており、アジア系移民社会の問題を“暴力的な若者”という記号に押し込めてしまっている。そのため、作品が掲げる“異文化理解”というテーマは、実際には表層的なものにとどまっていると言わざるを得ない。さらに、クライマックスの“自己犠牲”は感動的である一方、物語の解決を主人公の英雄的行動に依存しており、構造的な暴力や差別の問題を個人の美談で包み込んでしまっている。それは、ウォルトの贖罪としては成立しているが、社会的リアリティとしては不充分に見える。総じて当作は、演出と演技の力で強い印象を残す作品であるものの、文化描写の浅さや物語構造の単純化も目立つ。従って、現代的視点では批判的に再評価されるべき作品でなのかもしれない。。


この鑑賞で、今年の映画鑑賞本数は17本目となりました。

 

最後まで読んでくださって、誠にありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。