アイリスの日記 -13ページ目

8月に音咲いつきさん作・演出の舞台



#Empathy

#ヤドリギの詩

#音咲いつき

#天路そら

#澄華あまね


音咲いつきさん、いーちゃんの作・演出の芝居の舞台、ポスターの三人の出演は固定で、日替わりでOG(未発表)のゲストが何人か出られるそう。

#ヤドリギ

とエンパシー、共感をテーマにした芝居だそう。いーちゃんは、現役時代、コロナ以降、現役時代の終わり頃、「夢の大三角形」という真面目なお芝居の舞台を作・演出し、今まだ現役の方も交え三人で、内内で舞台をされたそう。いーちゃんの踊りや、演技の感じ、舞台の姿勢から、何かを表現したいという気持ちが物狂おしい程に溢れていて、巫女がトランス状態になるような雰囲気を感じていたので、決してこれまでを否定する訳ではないが、「これだけでは飽き足らない筈」という感じがずっとしていた。だから、退団後に向ける情熱の方向としてこういう舞台をやる、それも会社を立ち上げて、5日間も東京の舞台を借り切ってやるというのが、とても嬉しくて興味深い。

しかも千秋楽はいーちゃんの退団記念日。


演技の大きさと、スターのしての器の大きさ〜天輝レオ様苫小牧凱旋公演


これは二年前の天輝レオ様の苫小牧凱旋公演ポスター。

苫小牧市民会館大ホールのキャパは1700人以上。

松竹座より大きい。

そして見た回は一階もぎっしり。2階もほぼ埋まっていた。

持って行った演目が、プレシャスストーンズのレオ様の新旧の名場面を人を増やして演じているものだったし、果たして1700人のキャパの大劇場の舞台の空間を埋められるのだろうか。レオ様のみならず、下級生達も。と実を言えば見る前はドキドキする思いだった。

実際に見た時に、それが、全くの杞憂であった事が分かり、実は非常に驚き、衝撃を受けた。

それは、レオ様のみならず、下級生にも同じ事が言えた。

実際に2階の真ん中あたりで見て、よく分かった。

元々の振り付けが、小劇場向きであるとか、それは仕方がない。

でも多分今回は、初めから苫小牧向けに振り付けられた作品だろうし、その心配もない。

逆に、私が以前、宝塚の方で、非常に驚いたというか、がっかりした事があり、大劇場で良い役も貰って新人公演も主演されていたようなある方が、500人劇場のバウホールで主演された時に、驚くほど、体が?気持ちが?演技が?縮こまって固まっているように見え、バウホールの舞台空間を全く我が物と出来ていなかった。

二年前、苫小牧の大ホールで見た時、レオ様も、下級生も、その空間を、それはそれは奥にも広い会場だったが、空間の奥まで、我が物として、熱気も、気持ちも、広げた手も、目の輝きも、何もかも、二階の奥まで届いていた。

それは驚く程だった。

昔から宝塚もOSKも見て来ていて大学も演劇学専攻して、仕事は何の関係もないお堅い仕事で激務だけど、やはり夢を見たくて余暇は歌劇ばかり見るようになった自分ではあるが、少なくともそうした感覚は紛れもなく、本物だった。レオ様の芝居のスケールの大きさはこれまでもずっと感じて来たが、スケールの大きさという意味では、芝居で演じるのであっても、ショーで演じるのであっても、やはり、スケールの大きい演技というのは変わらないもの。これをまざまざと感じた二年前だった。

今回も楽しみで仕方がない。

#天輝レオ

#OSK日本歌劇団

#苫小牧凱旋公演


純白の百合のように美しい


百合というタイトルなのに乙女椿の写真を載せるのもあれですが。


OSK公式のレオ様の名古屋の桜のお写真など見るにつけ…うまく言えませんが、なんて美しい、美少女のようと思ってしまう。美少女という言葉は違うかもですが、誰かが以前SNSで、白百合のような天輝さん…と書いておられたのですが、正にそんな感じ。白百合というのも少し違うかもですが、何か純白で、けがされず、凛として透き通るようで、それを保っておられて、それでいて、芯が通って美しい。

#天輝レオ

#OSK日本歌劇団


この美しい花が踏み荒らされたり、嵐で折られたりしないように…!凛として咲いていてくれるように!

百合と言っても、野に咲く真っ白な百合のような。


一切何もされずに研修所合格されて、その後二年後の入団の際も、実際入団されてない同期の方はいる訳で、そんな中、インタビューによれば、週6で必死にレッスンに通い、1ヶ月パスを作って貰う位の勢いで必死でレッスンされて、入団されたそう。


私も幼少期から何十年も歌劇を見ているので、綺麗なだけで好きになる訳では絶対にない。綺麗な人だと思って、暫く目で追う時に、何かがあるからこそ、そのままずっと見ていたいと思う位、夢中になる。一、二年目の頃は、こう踊りたい、表現したいという気持ちは見えるものの身体の動きが追いついていない感も見えたのが、三年目の青霧、四年目の三銃士ポルトス、そして気づけば初主演されたステラレオニスの五年目の時には別人のようになられていた。こう表現したいという青光りする日本刀のような感性と、美への方向性が、私の美の感覚と物凄く合って、その美の感性に、没入する感覚。



OSK公式からお借りしましたお写真

美し過ぎる