今や、名建築といわれる。

小1の時の教室は、こんなだった。小3になった頃にはなくなった木造の校舎だった。

11/15 13:02

掃除の時には、みんな並んで、教室と廊下の雑巾がけをした記憶。

11/15 13:03

中学も、1年時にいた校舎は木造だったから、こんな教室だった。

11/15 13:04

質実剛健が今もなお校訓で、旧制県立○中(丸の中は数字)の1つだった高校の、1年生用補習室は以前は寮の食堂だった場所で、やっぱりこんなだった。風が吹くと、天井から砂が降って来て、その中にはネズミの糞が混じってるから気をつけろと言われてた。(何をどう気をつけろと言うのか?と思ってた)戦後しばらくまで男子校だったから(女子はそこまでの学歴は不要とされてたからだと思う。そんな時間があったら、裁縫や料理、作法などを覚えよという時代)、1年生の時はまだ、いろいろ名残りがあった。3年生の時には、その辺り一帯の木造群は無くなってた。多分。

11/15 13:06

 

 本来は木曜日にやりたかった半ばお仕事2つ、完了グッド!

11/15 15:35

それから見たインスタ、ポスト↓

今日の、旭川、神楽岡公園の、エゾリス。

https://www.instagram.com/p/CHmewumgfAG/?utm_source=ig_web_copy_link

笑ってるみたいな表情照れ

11/15 15:37

気持ち、ゆったり。まったり。

11/15 15:38

 

 

NUMBERの記事。あえての、ここへの記録。

11/15 13:32

人の呼吸と読むリズム、テンポを常に意識し、文章の構成はセオリーにのっとり、一見淡々とした、日本語文法としてできるとこまで削ぎ落し、これ以上できないほど選びに選んでこれしかない!と思えた言葉(その作業はとてもシンプル。"そこに置くにふさわしいたった1つを見付ける"の基準1つしかないから)と、その言葉を誤解などみじんも入る隙間のない接続詞に気づき選び取って繋ぐ。そんな文章を作ろうとすることが何よりも好きだし、楽しいし、作り上げることが永遠の目標、たどり着きたいものであるのは、今も変わらない。

もっとも、省吾ファンサイトを初めて数年と今とでは、その感覚の鋭さはあまりにも後退していて、気合を入れて、少しのステップを経て呼び覚まさないと、始められもしないのだけど。

11/15 13:34

その意味で、NUMBERの文章は、淡々と書きつつ熱いというその空気感と文章リズムから、私のお手本。今はもう、何かの機会にしか読まなくなったけど。(だから、文章が緩い)淡々と、だけどたくさん観察からしか生まれてこない、心を込めて綴られる情景描写の最後に、ポツンとある心情を表す一言を置く。そこまで読んできて想起していくもの、伴う感情がその一言で爆発する。あるいは、強く静かに頷く。そういう文章がずい分と前から絶対的な好み。

11/15 13:35

省吾の歌詞が好きなのも、1つには、すぐれた情景描写により生み出される物語、あの映像的な世界が好きだから、だと思う。そして最後に強くまっすぐな言葉で言い切ることと。ファンになったきっかけが、なにせ「ラストショー」ですから。曲もさることながら、あの詞にまずヤラレタ。

11/15 13:36

上の森くんのことを書いた文章は、NUMBERのものであり、そこに乗せたものではあるけれど、書き手のプロフィールを見るとスポーツライター、スポーツ記者ではない。似てるけど違うもの。でも、重ねていく言葉により込められていく思いと、最後にうるっとくるとこは、まさにあそこのものだったから、これはNUMBERにあっていいのだなと思った。

11/15 13:37

結論弱~~~~。(私に)必要な醸成期間未満で書いたから、時間足らずの言葉足らず。悪しからず。

いい言葉を思いついたら、書き換える、かもしれません。

11/15 13:38