今朝、雨戸を開けたら風が冷たかった。
昨夜は蒸し暑くて寝苦しかったと思ってたんだけど、
違ったのかな。
寝苦しかった理由はもうひとつあった。
午前0時少し前、たまたまCS系チャンネルの
番組表を画面に表示して横に流しながら見ていたら、
ムービープラスch.で「ジョゼと虎と魚たち」という映画が
始まるところで、最後まで観てしまった。
妻夫木くんが大学生の役で、
学生特有の日常がけっこうリアルに描かれてた気がする。
キスシーンもそれ以上も結構生々しくて、
ああいうシーンをやってもイメージが変わらない
時代になったんだなと思った。
もっとも、今の彼があそこまでやるかどうかは知らないけど。
あの世代の、優しさと優柔不断さが紙一重なとこ、
自分に正直に動いて、それは多分間違ってないんだけど、
多くの場合まだ最後まで全ての責任を取れる覚悟もなくそうするから、
自分のしていることが辛くなり逃げるとこ、
相手への依存の仕方、寄りかかり方、
寄りかかられた方の頑張り方などなど、
過ぎ去ったこととして「あの頃ってああなのよね」的な感慨が
残った。
が。
変に青い部分の残骸を心の奥に持っている(との自覚がある)ため、
その"あとの引き方"が結構しんどくて、きつい。
高校生や大学生の日常を描いたものを見たり読んだりすると、
社会人の日常を見た時よりもあとを引いてしまう。
敗北や挫折を描いたものほど、その傾向が強くなる。
これは、何度味わっても変わらない。
全部を自分の気持ちで生きていた時期だからかも。
きれいごとにはできない、
人を傷つけて、自分も傷ついて過ぎてきた日々の
心の奥の苦さだけが蘇って来て、
何かどこかがうずく。
あの時はああしか出来なかったんだと、
甘く緩かった自分を肯定はしても、
それはお互い様であったとわかっていても、
消えないものはあるわけで。
一生懸命生きていたわりには効率の悪い日々だったなぁと
思います。
寝苦しかった理由の半分以上は、
その映画の後味のせいだったのだろうと思う。
振り返ったところで
今の自分がこうであることが変わるわけでもなく、
最後にはあの日々があったから今の自分になった、
そんな今の自分を責任持ってまっとうするしかない、
と肯定してしまうところが、
あの日々から遠く離れてしまったことの何よりの証拠だろう。
(証拠という表現はしっくり来ないけど、今はそれしか浮かんでこない)
さて、今週は一日少ないので、てきぱきと過ごさねば。