みたいなものがあるようで。「旧」試論文の採点方法の話。
これは、「旧」試論文の受験戦略・戦術に影響してくると思うので、ちょっと書いてみたい。
ちなみに俺は、この記事を書いている時点では、確証はないけど減点もありうるんじゃないかなあ派です。
まず、争点整理。
基本が加点法であるということには、争いがないようだ。
そうすると、答案に書かれたものには、加点されるものと、加点されないものがあるということになる。
で、減点事由としてよく言われてきたのが、誤りや矛盾なので、これを加点されないものの中で独立の分類としたい。
これらを、
①有益的記載→加点される。
②無益的記載→加点されない。誤り・矛盾なし。
③有害的記載→少なくとも加点はされない。誤り・矛盾を含む。
と名付ける。
ここで、①②で減点がないことには争いがない。
「減点はない」派の人は、この①②を取り上げて「減点はない」と主張する場合も見られるように思ったが、これらは「減点はある」派からも「減点はない」となるはずなので、これらについて「減点はない」と主張する意味はあまりない。
(ただし、時間との兼ね合いから、少なくとも②は、その分①が書けなくなるという意味で、実質的な減点となりうる。が、議論をシンプルにするため、ここではこれを「減点」とは見ない。)
争点は、「③有害的記載は、加点されないだけでなく、減点までされるのか?」だ。
ここの議論では、まず、誤りや矛盾の質・程度でも変わってくる可能性があることに注意する必要がある。
また、加点減点がどの部分についてなされるのかも、あまり議論が噛み合っていないように感じた。つまり、ある一言が誤りだった場合、
a その一言についてだけ不加点・減点にされるのか
b その一言を含む一文全体が不加点・減点にされるのか
c その一言を含む一文を含む配点項目全体が不加点・減点にされるのか
という前提問題だ。このcなどは、「不加点」という名を付けたとしても、ある部分の誤りが他の有益的記載の「不加点」につながると捉えると、実質的に「減点」と言えるだろう。
いずれにせよ、この争点については、双方確証もないだろうから、結論が出ず、水掛け論で終わるだろう。
受験生が各自、その水掛け論を参照したり、再現答案を分析研究したりして、自分なりに考えをまとめておくしかないと思う。
で、俺が「旧」試論文受験生ならどう考えるか。
たぶん、再現答案の分析研究を突き詰めても、減点可能性は排除できないと思う。
そうすると、現場では、これを書くことによる減点可能性というリスクと、これを書いたことによる加点可能性というリターンの考量ということになる。
もし減点可能性を排除できたとしても、不加点可能性というリスクと加点可能性というリターンの考量になるだけだ。
結局、現場でやることは、あまり変わりがないような気がする。
そうだとすると、受験生がこの点について再現答案を分析研究する意味は、あまりないかもしれない。
ちなみに、研修所の起案では、どの科目でも、減点はあまりしないような感じで言われていた。裏を返せば、減点はありうるということだが、これを「旧」試論文に適用できるかは誰にも分からない。
ただ、減点をあまりしない理由は何かと考えると、おそらく、基本の加点法だけで充分差がつくという点にあるのではないか。配点ポイントとなっている記録が膨大な量だし。
もしそうだとすると、問題文の長い新試論文では、問題文の短い「旧」試論文よりも基本の加点法だけで差がつきやすいので、減点可能性は「旧」試論文より低いと推測できる。
これは、「旧」試論文の受験戦略・戦術に影響してくると思うので、ちょっと書いてみたい。
ちなみに俺は、この記事を書いている時点では、確証はないけど減点もありうるんじゃないかなあ派です。
まず、争点整理。
基本が加点法であるということには、争いがないようだ。
そうすると、答案に書かれたものには、加点されるものと、加点されないものがあるということになる。
で、減点事由としてよく言われてきたのが、誤りや矛盾なので、これを加点されないものの中で独立の分類としたい。
これらを、
①有益的記載→加点される。
②無益的記載→加点されない。誤り・矛盾なし。
③有害的記載→少なくとも加点はされない。誤り・矛盾を含む。
と名付ける。
ここで、①②で減点がないことには争いがない。
「減点はない」派の人は、この①②を取り上げて「減点はない」と主張する場合も見られるように思ったが、これらは「減点はある」派からも「減点はない」となるはずなので、これらについて「減点はない」と主張する意味はあまりない。
(ただし、時間との兼ね合いから、少なくとも②は、その分①が書けなくなるという意味で、実質的な減点となりうる。が、議論をシンプルにするため、ここではこれを「減点」とは見ない。)
争点は、「③有害的記載は、加点されないだけでなく、減点までされるのか?」だ。
ここの議論では、まず、誤りや矛盾の質・程度でも変わってくる可能性があることに注意する必要がある。
また、加点減点がどの部分についてなされるのかも、あまり議論が噛み合っていないように感じた。つまり、ある一言が誤りだった場合、
a その一言についてだけ不加点・減点にされるのか
b その一言を含む一文全体が不加点・減点にされるのか
c その一言を含む一文を含む配点項目全体が不加点・減点にされるのか
という前提問題だ。このcなどは、「不加点」という名を付けたとしても、ある部分の誤りが他の有益的記載の「不加点」につながると捉えると、実質的に「減点」と言えるだろう。
いずれにせよ、この争点については、双方確証もないだろうから、結論が出ず、水掛け論で終わるだろう。
受験生が各自、その水掛け論を参照したり、再現答案を分析研究したりして、自分なりに考えをまとめておくしかないと思う。
で、俺が「旧」試論文受験生ならどう考えるか。
たぶん、再現答案の分析研究を突き詰めても、減点可能性は排除できないと思う。
そうすると、現場では、これを書くことによる減点可能性というリスクと、これを書いたことによる加点可能性というリターンの考量ということになる。
もし減点可能性を排除できたとしても、不加点可能性というリスクと加点可能性というリターンの考量になるだけだ。
結局、現場でやることは、あまり変わりがないような気がする。
そうだとすると、受験生がこの点について再現答案を分析研究する意味は、あまりないかもしれない。
ちなみに、研修所の起案では、どの科目でも、減点はあまりしないような感じで言われていた。裏を返せば、減点はありうるということだが、これを「旧」試論文に適用できるかは誰にも分からない。
ただ、減点をあまりしない理由は何かと考えると、おそらく、基本の加点法だけで充分差がつくという点にあるのではないか。配点ポイントとなっている記録が膨大な量だし。
もしそうだとすると、問題文の長い新試論文では、問題文の短い「旧」試論文よりも基本の加点法だけで差がつきやすいので、減点可能性は「旧」試論文より低いと推測できる。