Ⅰ 甲の罪責
1.甲は殺意をもって、出刃包丁でAの腹部を1回突き刺すという殺人結果発生の現実的危険ある実行行為をしたが、これによるA死亡の結果は発生していないから、殺人未遂罪(199条・203条)の構成要件に該当する。よって違法性・有責性が推定され、それぞれの阻却事由も見当たらないから、同罪が成立する。
2.ただその後甲は、タオルで止血等している。これが「自己の意思により犯罪を中止した」ものと言えれば、刑が任意的減軽(43条本文)にとどまらず必要的に減免される(43条但書)ので、その意義について検討する。
(1)そもそも中止犯の刑が必要的に減免される根拠は、既になされた違法・有責行為への可罰評価が、中止行為への恩賞的評価により減殺される点にある。
(ア)とすれば、まず「自己の意思により」という主観的要件は有責性減殺の観点から解釈・検討すべきであるが、甲は犯行を悔悟しているのでこの要件は明らかに満たす。
(イ)また、「犯罪を中止した」という行為は主観と客観の統合体であるから、違法性・有責性減殺の両面から解釈・検討すべきである。
 具体的には、まず違法性減殺の面から、①中止行為によって犯罪結果発生を防いだといえることが必要だと考える。また責任減殺の面から、②自ら積極的に犯罪結果発生を防止したのと同視しうる程の努力も必要だと考える。
(2)本問で甲は確かに、Aと同居しているほどの仲である友人乙の「119番通報をした」との言を信じたため、これに「くれぐれも、よろしく頼む。」と言って任せたのである。
 しかし結局甲はその場から逃げ出しており、たとえ119番通報がなされたとしても最後までAの救命という犯罪結果発生防止のため責任をもって行動したかどうか疑わしい。これでは②自ら積極的に犯罪結果発生を防止したのと同視しうる程の努力をしたと言えるか微妙なところである。
 しかも、そのまま放置されれば失血死する状況にあったAの死の結果発生防止は、甲の止血行為等によるところはほとんどなく、発見・救助した隣室のBによるものというべきである。よって、①は満たさない。
(3)したがって甲は「犯罪を中止した」とはいえず、その刑は任意的に減軽されるにとどまる。
3.甲はかかる罪責を負う。
Ⅱ乙の罪責
1.乙は、Aが死んでしまった方がよいという殺意をもって、Aを放置したまま外に出て行った。かかる不作為が殺人罪の実行行為にあたるか。
(1)199条は「殺した」と作為の形で実行行為を規定しているが、不作為でも死の結果が発生しうる以上、人の生命という法益を保護する必要がある。
(2)しかし、(a)作為義務のない者や(b)作為不可能・困難な者に作為を要求したり、(c)構成要件的結果発生の現実的危険ない不作為まで禁止したりしていては、罪刑法定主義による行動の自由保障を過度に害する。
 そこで、(a)作為義務があり(b)作為可能・容易な者の(c)構成要件的結果発生の現実的危険ある不作為は、例外的に実行行為にあたると解すべきである。
(3)本問乙は、(a)Aと同居している家の玄関内という排他的領域で、甲に「後のことは任せろ」といってAの救命を引き受けており、(b)119番通報等の救命行為をするのは可能・容易であるのに(c)そのまま放置されれば失血死する状況にあったAを放置したまま外出しているから、殺人罪の実行行為をなしている。
2.そして、やはりこれによる死の結果が発生していないから殺人未遂罪の構成要件に該当する。よって違法性・有責性が推定され、それぞれの阻却事由も見当たらないから、同罪が成立する。
3.乙はかかる罪責を負う。
                                           以上