STYLEGRAFFITI by 4-3rd ブランド戦略~何故、老舗和菓子屋二代目は業種を変える事が出来るのか?~ -172ページ目

先代の和菓子屋

このブログのタイトルにもなっているように、私が老舗和菓子屋の二代目であることは周知の事実ですが(どれだけ有名やねん?)、今日からその和菓子屋について思い出しながら書いてみます。



集中連載!乞うご期待!



01.幻の暖簾

かーしむかーしむ、いや、昔むかし(愚息が小5の頃)、大阪の堺に起業を志す夫婦と、大阪星光学院中学校受験を志す愚息が住んでおりました。



ある日の事、父親は寿司職人になるべく専門学校に通い始め、家では「ネリケシ」で寿司握りを練習し(愚息が今思うに一流の職人が織り成すシャリの微妙なエア感をネリケシごときで再現出来るはずがない)、調理師免許取得に向けて必須アミノ酸を暗記する毎日が続きました(愚息が「門前の小僧」の意味を思い知らされたのは言うまでもない)。



やがてめでたく免許を取得、寿司学校も卒業となりました。





愚息も単純に



「これで寿司が毎日食べられる!」



と大喜びしておりました。



ここまでは何処の家庭でもよくあること。




現実は橋田壽賀子大先生の脚本の様に「商売だけは順風満帆」とは行かないのです。




家族会議で、父親が大分県出身であることから寿司屋の屋号を「吉四六寿司」に決定し、暖簾を発注しいよいよ出店準備開始かと思った矢先の事です。



to be continued…