先代の和菓子屋
02.ピラーレス
「大分に和菓子の修行に行ってくる。暫く帰ってこない。」
唖然とした母親と愚息が正気を取り戻す間も与えず、父親はこう言い残して家を出ました。
寿司屋と和菓子屋という、「調理師免許があれば営業できる」という以外これといって共通点の見つからない二つの業種のギャップに、我に返った愚息はひたすら戸惑うばかりでした。
「和菓子より、寿司の方が美味しいのに!」
そして寿司屋を諦め和菓子屋を選んだ理由も、長い間ベールを脱ぎ捨てることはありませんでした。
週一度程度の電話でのやりとりのみの、大黒柱不在の家はそれはそれは寂しいものでした。
半年後、何事もなかった様に帰宅した父は怒涛の勢いで準備を始め、創業当初には付き物のつまらない詐欺に遭いながらも、開店に漕ぎ着けたのです。
屋号は「なな瀬」。
修行していた大分の親戚の店の「暖簾分け」を受け、キャラバン1台分の機材だけでスタートしたその店は、大阪の小規模なスーパーマーケットを転々として実演販売をする、浮き草の様に心細いものでした。
商品は「石垣餅」という、サツマイモの角切りが入った生地でつぶ餡を包んだもの(どこかの地方で言ういきなり団子のようなもの)と、山帰来(さんきら)という葉でこし餡入りの団子を包んだ「さんきら餅」、そしておはぎが数種類という、一見地味なものでしたが、実演販売で使うボイラーの蒸気が目立つのか、スタートからまずまず好調でした。
しかし、この時から悲劇がこの一家を包み始めるのでした。
石垣餅の生地のようにごつごつとした歪な悲劇が。
to be continued...