あの中学に絶対行きたいという想いを糧にして、頑張らせてきたつもりでしたが、もしかすると、目標は志望校より上に設定しておくべきだったと、今になって思います。

目標をめがけていては、目標に到達することはできても、それを超えることは難しい。

実は、夏休み明けくらいに、第一志望校に手が届きそうになったことが有りました。
その時は、
彼にしては珍しく、私が見ていても、恐ろしくなるほどできていました。
NNは
当然一組。合不合も念願の50%を超えました(80%は無理デシタ)。

本当に、目の前に合格の文字がぶら下がったような気がしたくらい、コノママデ行ケレバ・・・なんて思いました。一心不乱に応援してきた身としては、私の指導が間違っていなかった、これまでの苦労がやっと報われて、実力がつき始めたのか、と内心本気で喜んだものでした。

もちろんそんなことは、おくびにも出していなかったハズなのです。

ところがその後、見事にという言葉がこのためにあったのか、と思うくらいに予想を裏切って、低迷し始めました。
それは、
普段勝ち慣れていない人が、ゴールが見えたとたんに欲が出て、バランスを崩し、直前で転ぶという、あれに似たものだったのかも知れません。

秋口に、一度、気がゆるんでしまうと、他のお子さんは本気モードに突入しているでしょうから、立て直しは、なかなか難しい。

目標にまったく届きそうもなければ、何も考えずに、ガムシャラニ勉強する。
せざるを得ない。
しかし、背中が少しでも見えてこようものなら、これなら行けるんじゃないか、なんて色気がでてしまい、ついつい油断してしまう、心の弱さ。

しかし、その時は、気がゆるんでいたことを、親子共々、微塵も気がつきませんでした。ナサケナイ。やはり、プロマネの責任。

恐らく、その時には絶対に判らない、微妙な心の変化があったハズ。
本人は、当然気がついていない訳だし、親も何故だか良くわからなかった。
これでは立て直しは難しい。

引き続き、暗い話となり申し訳ない。今月は反省月間か?

どのレベルの目標でも、目標は気がゆるまないところが良いのかも知れません。
行けそうだと思った瞬間の心の変化はオソロシイ。
知ってはいたが、この年になって、改めて気がつかされました。

ところで彼は、高校受験でリベンジを目論んでいる。
だったら、その学校を目標にしていると辛いぞ、とささやいてあげたい


受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村

当時は、受験があと半年遅ければ、なんとかなるかもしれない、とよく思ったものです。それくらい、せっぱ詰まっていたのですが、今になって冷静に考えてみれば、半年遅らせたからといって、相対的なレベルはそう変わらないはずですね。

遅らせれば、その分、他の方もがんばるわけだし、第一、仕事においてだって、期限が決まっているプロジェクトを延期せざるを得ないのは、お客さんに迷惑がかかるからであって、それでレベルを上げるためではない。

半年有れば、つい、あと半年も有ると思ってしまう、人間の弱さというか、計画のなさを直さなければ、いくら時間があっても、有効に使えないのでしょうね。

六年生になるまでに一通り完了して、有る程度、完成型を作っておくようなスケジュールを組む。そして、六年では復習や本当の意味での穴埋めを行う。

そうできたら、どれだけ楽だったか。

しかし現実は、五年生の時は、まだ先があるという心理から、余裕を持ちすぎて、塾に通い始めるという決断を十月まで延ばしてしまった。

塾なしで、何とかしてみたいという親の欲のようなものが有ったのかもしれない。

もしもは無いのだが、これが、夏休み前に決断していたら、また違った結果になっていたはずだと思う。

その意味で、振り返れば、
やはり五年生が勝負だったように思います。
六年生になると、余裕がないせいか、 それとも、修学旅行などの学校行事も主体的に動かざるを得ないからか、何故こんなにと言うほど、行事が目白押しに感じられてしまいます。

そう言う状況の中で、模試をいくつも受けながら、偏差値を少しでも上げていくのは、大変しんどかった。

模試を受けるたびに、どこかしら穴が見つかって、全教科全てを最高の状態で揃えることが最後まで困難でした。飛び抜けてできる教科もあれば、大穴が開いた教科もある。安定しませんでした。

穴の対策はもちろんしますが、結果的に、本当にふさがったのかどうかは、甚だ怪しかったのだろうと言うことです。最後の頃は、毎週模試が有って、的確な分析も穴埋めの対策もする余裕がないままだったように思います。

ネガティブな話でスミマセン。
今日は振り替え休日でした。
まだ七日も残っていますが、仕事をしないで家にいると、余計なことまで考えてしまいます。
今更振り返ってこんな事をいっても、どうしようもないわけだし。
だいたい、
五年生の皆さんには参考になるかも知れませんが、現在六年生の皆さんには役に立たない話。

ただ、ここから偏差値を上げるのは大変しんどいことは自覚してあげてほしいと思います。私は、その自覚が無かったばっかりに、相当に無理して勉強していた息子にも、大変辛く当たってしまったことがあります。それも何回とも無く。
これでは、プロマネ失格ですね。自己嫌悪。

受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村

時間をどう使うかは、長い目で見れば、重要なことだろうと思います。
地理も積もれば、いや塵も積もれば、と言います。

しかし、これが結構難しい。
この年になると、若いときに、これをしておけば良かったな、と思うことが度々あります。
若いときには、それなりに必要だと思った事をやってきたはず。
(遊びも必要だと思った、あっはっはっ、へ理屈)
つまり、その時によって必要だと思うことが違っていた?
目標がフラフラだったと言うことでしょうか?

それとも、塵は積もっても、つまるところ塵でしか無かったのか?
だったら、もっと好きなことやっておけば良かった、と思う今日この頃です。
会社にいるのも先が見えてくると、こんな考えにとりつかれ適当に手を抜くことを考え出します。

こんなんで良いのか?
いえいえ、そうではないハズです。

吸収できるウチは、何事にも全力が望ましい。
真剣に集中して努力したからこそ見えてくるものもある。
今、全力を出さなければ、次の段階も到達できない。

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*コスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆


TQ-心の安らぎを得る究極のタイムマネジメント (ソフトバンク文庫NF)

TQ はTime Quest の略です。
文庫化していたのが、ソフトバンクだとは驚きですが良い本です。それでも、全部読む時間はもったいないと思うので、ポイントだけ説明します。

80歳ぐらいのおばあちゃんが、大学に行こうかどうか、迷うエピソードが有ります。
決断の決め手は、何もしなくても4年後は84歳になる。
しかし、大学に挑戦すれば、大学を卒業した84歳がいるかもしれない。
と考えて、結局行く事に決めます。

このエピソードは、時間の概念を良く表しているように思います。

あるいは、他人は80歳にもなって、と思うかも知れません。
しかし、
先が見えたからといって、何もしなければ、変わることはできません。

これから先は残り時間との勝負ですが、どんなに残り時間が少なくなっても、できることがきっと有るはずです。
塾の先生やご両親は、親身になってアドバイスしてくれるかも知れません。しかし、詰まるところ、自分の時間をどう使うかは、自分で決めなければならないことだと思います。


↓受験生、体に気をつけて普通にガンバロー。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ ペタしてね
にほんブログ村


突然ですが、ワラスボって知っていますか?
息子がどこからか、ワラスボの話を聞いてきたらしく、ワラスボを検索してほしいと言ってきました。
うお座
ワラスボというのは、スズキ目ハゼ科に分類される魚の一種で、日本では有明海のみに生息するらしい(by Wiki)。
有明海?
息子のクラスには九州出身の方はいないだろう、と思っていましたが、どこから仕入れたネタですかね?
検索したワラスボを見て、ウナギに似ているといって、大声で笑っていました。

どこか変ですよね、やっぱり・・・無理な勉強のさせすぎか。
皆さんお気をつけください。

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*波*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*波*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*波*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

水泳では、なるべく競泳用のパンツにするよう指導が有ったようです。
ビキニだと、泳いでいる最中に、時々ふく○がはみ出すことがあるかららしい、と目を輝かせて説明してくれました。
おーっ、さすが男子校だけあって、ダイレクトな表現。
共学では絶対セクハラになりますッ。

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ロケット*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ロケット*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ロケット*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

ちなみに、クラブは化学部に決めたらしい。
理由を聞いたら、ゆるそうだから、といっていた。
そんな理由かいっパンチ!

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*学校*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*学校*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*学校*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

息子は、無理して○にいっています。
指定校ではないので、わざわざ入塾試験受けました。
そこまでして、行きたいのかい?
それだけの情熱有るんだったら、最初から指定校に行けるようにがんばればよかったろうに・・・ねこへび
希もそうだったが、塾には異様な執念を燃やす。変だろう?


あっそうそう、ワラスボ長者というのは、聞いたときに、わらしべと似ていると思った、ただそれだけです。
もしかして、私も変?
だと思う人は、ブチッとお願いします。

受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ

にほんブログ村
落ち穂拾いは、収穫の後に、こぼれ落ちた麦の穂を拾う光景を描いたものです。

落ち穂を拾えるのは、富裕層である畑の所有者以外らしく、一種の貧困対策にもなっていたようですが、H製作所では、落ち穂拾いと称して、世に出た品質不良の根本対策を行っていました。

全社的な管轄のもとで行われるため、対策と報告が中途半端ではない量で、製品担当者にとっては、非常に負荷のかかる作業でした。私は危うくセーフになりましたが、そんなことしていると落ち穂拾いになるぞと言われると、大変ビビったものでした。

中学受験でも、落ち穂を拾うというか、穴をうめることが必要になる時期が、遅かれ早かれ必ず来ます。

しかし、その時は、恐らく他の受験生も、必死になって落ち穂を拾っているはずなので、時間対効果で行けば、それほど目に見えたものにはならないでしょう。ですから、偏差値が急に上がらなくても、あるいは、少し下がったとしても、本人の日常のがんばりというプロセスを認めてあげることも重要だと思いました。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*コスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

さて、本格的に塾に行き始めたのは、5年生の10月頃でした。
理科、社会は、ほとんど対策していませんでしたが、さすがにやばいと考えて、計画的につぶしていくために塾に通う事にしたのです。落ち穂と言うよりは、それ以前の、刈り取り作業の仕上げにかかるということ、だったかもしれませんね。

穴の数が多すぎて、全てを満遍なくつぶすことは難しいかもしれないと感じていましたので、いつも、どの穴を優先するかを考えていました。とりあえず、算数は最優先でしたが、その他の教科も底上げする必要があり、時間配分のバランスには、大変気を使ったものでした。

全体的に鉄板の方は別なのだろうと思いますが、どうしても時間が無くなってからは、併願校も見据え、どの落ち穂を積極的に拾いに行くべきかを分析し、志望校に特化したカリキュラムになるようにばかり考えていました。

そうは言っても、現実には、全て必要に思えてくるから困るわけで、そのためにこそ、データを持っている塾の担当者と常に話し合うことが有効だったように思います。分析の結果、塾でやるべき勉強と、家庭で実施すべき勉強を分けていく、ということだったのかなと思います。

とにかく、この時期に、あまり必要のなさそうな落ち穂を拾い歩いていないかどうか、という目で見てみることも一度は必要だと思います。

筑駒は国立だけ有って、全体を満遍なく要求するようですので、この方法は向かないでしょう。それでも、塾では傾向のデータを持っていますので、できれば、そのデータを早めに引き出すように、話を持っていった方が良いのかなとは思います。

希学園のカリキュラムは、5年生までで、ほぼ一通りの学習を終え、6年では穴埋めと志望校対策になっていたように思います。そういう意味では、全方位的な教育方針だったと感じています。

受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。

にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ ペタしてね
にほんブログ村
我が家での、社会の暗記の強敵は漢字でした。

多くの中学校の場合、社会の基本は暗記になるのかなと思います。
暗記が中心でなくても、論説する時には、用語と漢字を正確に書くことは必要なのだろうと思います。

国語の漢字もキライでしたが、社会の人名や地名も相当にできが悪く、国語や算数の時間も取られていたので、五月ごろは、これで仕上がるのだろうかと、不安になっていました。

言葉そのもであれば、寝る前であったり、一休みの時であったり、何時でも暗記する時間を取ることは可能でしたが、漢字は書いて憶えざるを得ませんでしたので、急にできるようになるということは有りませんでした。

社会で、漢字で書くことを要求する学校であれば、直前対策をするにしても、それなりの時間がかかることを考えておいた方が良いと思います。

社会の暗記は、ほぼ六年から本格的に始め、夏休み中に、短期間で何回も繰り返して仕上げる、と言う状態でした。併願校も考え、とりあえず最初は平仮名で も、全て憶えてもらい、その後、漢字指定の練習に切り替えました。

地理や歴史では、当用漢字以外も多く使われ、普通では読めないようなものもあります。つまり、意味から想像してたどり着くと言うことが危うい状態で、有る程度レベルが上がったと思われる十月ごろでも、相当に変な当て字を平気で書いていました。
まあ、それも笑い話で楽しめましたが、本人はいたって真剣に書いていたようです。

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*コスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

まあ、とにかく地道に憶えるしか無いのですが、
暗記は、やればやっただけ、比例して実力も上がる分野ですので、実感できるようになれば、しめたものだと思います。

ただ、一度憶えても、すぐ忘れたりしていましたので、間違えた漢字を試験直前に見直せるように、リストアップしてノート化しておくことをお奨めします。そうしておくと、試験前に、パラパラっと見直すだけでも思い出すことが可能で、実際、結構役にたったと考えています。

レベルが上がってからは、漢字をベースに中央に書いて、蜘蛛の巣状に知っている知識を書き連ねる。見た目は良くないのですが、復習と、まとめをかねて、時間の有るときには書かせていました。

受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村
話題が細かく切れてしまってスミマセン。

養老先生のおっしゃるように、
お互いに本質的に理解することができない境界の存在が有る以上、そこから生じる判断にも個人差があることが当然であると言うことです。

同じ説明を受けても、全員が同じように理解するとは限りません。理解と言う作業が自分の経験に基づいて行われる以上、その度合いに、様々なレベルがあることは止むを得ないことでしょうし、これは、私が説明する場合も、あるいは説明を受ける場合も同じことです。


経験していないことに対する必要性をいくら説いても、切実な問題として理解するには大変な努力が必要です。経験し、理解したと思われることを実行する時においてさえ、各人の判断が優先順位に影響を及ぼします。


例えば、失敗から何も学んでいないとは思いません。どんな失敗でも二度と起こしたくないと言う気持ちは誰にでもあるでしょう。しかし、失敗から学んだ結果が、自らの経験に即した範囲のものでしかないとしたら、どうでしょうか?


組織においても、またしかり。

TOPの考えが、そのまま現場の全ての従業員に理解できると思う方がおかしい。
個々の従業員の経験に合った説明に翻訳して導くのは、その現場のリーダーの役割。
つまり、全てとは言いませんが、多くの場合、経験を共有せずに組織を導くのは、大きな困難を伴うでしょう。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*コスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

では、どのようにすれば、最初の疑問が解決できるのか?

なぜ勉強しないか?
→本人が必要性を感じていないから。必要性を感じないところに行動は発生しない。

どうすれば、必要性を感じるようになるか?
→本質的理解は経験によって行われると考えられるので、経験の共有が有効だが、それでも完全に認識する事は困難でしょう。

認識の無い組織、人を導くにはどうすれば良いか?
→必要性を認識できないとすれば、あるいは、認識できても行動を誘起できないとすれば、やはり 相手の興味が有る部分に働きかける しかないのかな、と思います。
(カリスマ的に経験を共有した気にさせて、と言う方法もあるように思いますが・・・)
 
相手の興味が有る部分に働きかける場合、我が家のように、有る程度のところまでは到達可能だと思いますが、しかし、そこから一線を越えようとすれば、呉下の阿蒙に非ず、のような本人の自覚が必要になると感じています。
息子は中学になりましたが、未だに自覚がない。自覚を促す教育を怠ったせいだと反省しています。これでは、中学受験はクリアできても、その先が続かず思いやられます。中間テストはやばそう、トホホ。

やはり本質的には、自覚、自我の確立が欠かせないのだろうと思います。
これは多くの方が指摘されているように、中学受験は本人の成長の度合いに左右されやすいようだ、ということと一致するように思います。

思えば、もともと学ぶということ自体が、先人の経験の結果だけの共有に他ならないのかもしれません。経験無くして結果だけ共有しようとしているから、つまらない。しかし、全ての経験も共有しようとすれば、膨大な時間が必要になるでしょう。早めに興味の有るところを見つけてもらって、集中してもらいたいと願っています。

受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村


組織において、思考と行動をどのように結びつければよいのか?
この疑問の本質は何処にあるのだろうか?

このことを、私が改めて認識しだしたのは、人を評価する立場に立って、業務達成度について話し合うようになってからです。

経験した業務でしか、その必要性と重要性を理解できないとしたら、異なる業務を行う者を、どのように評価すべきか?あるいは、自らの業務を知らない上司に理解してもらうために、どのように説明すべきなのか?

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*コスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆


養老先生は、”バカの壁”として、お互いに本質的に理解することができない境界の存在を認めることが第一歩である事を示しました。
バカの壁 (新潮新書)/養老 孟司
¥714
Amazon.co.jp
それほどではなくても、身の丈に合わせてしか理解はできないのは、説明されなくても納得できるでしょうし。

あるいは個人における優先順位の異なりという見えない壁は、確かに存在し、本来必要とされていること、本来なすべきと考えていることが疎かにされているのではないかと思うことは大いにあるはず。


受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村


「会議で決められたことが、いつまで経っても実現しないのはどうしてだろうか?」
「すばらしい戦略を立てたはずなのに、実践できないのはなぜだろうか?」
「どんなに説明しても、理解してもらえないのはなぜだろうか?」

そう問いかけるのは、(株)コーチ・エィ  代表取締役社長の伊藤守氏です。

コーチング・マネジメント―人と組織のハイパフォーマンスをつくる
¥2,100 Amazon.co.jp

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*コスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*ハチコスモス*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

そんなこと言われてもね~なんて言わないでください。

コーチングマネジメントでは、頭でわかっていることと、行動の間には深い溝があることを認めるように説いています。

知識や頭で理解していることが必ずしも行動に移せるわけでは無いということです。アイデアを生み出すことと、それを発展させ行動に移していくこととは、まったく異なったプロセスが要求されると言っています。

これはつまり、何が必要かを自らが認識するところにしか行動に対する動機付けがし難いことを認めることになります。

ところが、どんなに説明しても、自らの経験した内容に即してしか理解することが困難だとすれば、お互いに完全に理解することも困難であり、組織として、一つの目標に向かって行動することはできないのではないか?

自らが緊急かつ必要不可欠と考えていることと、上司の理解が異なった場合は往々にしてあることです。どのレベルの仕事においても、いくら上司が、必要性を説いても、雑多な日々の作業の中で、全てを High Priorityで実行することは不可能です。


受験生ガンバレ、普通にやればきっとできる。
にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村


本格的に塾に行き始めたのは、五年生の十月頃でした。
YTでいくとBクラスからの出発。
まもなくCクラスにはあがりましたが、その頃、サピックスと言えば、はるか雲の上の存在でした。いつかはサピックスオープンを受けられようになりたいね、と話していたのが、懐かしく思い出されます。

夏休み終わり頃から、やっとピックスオープンを意識し始めましたが、何とか、太刀打ちできそうだと思えたのは、最後のクラス昇格試験でSクラスにあがれた頃でしょうか。目標がある者にとって、到達すべきレベルと全体の工程を把握しておくことは必要な作業だろうと思います。今思えば、目標は決まっていたわけだから、他流試合をもっと早めに行っていた方が、意識を高めるために良かったのかも知れないと思っています。

なかなか実現できませんでしたが、どうせなら最初から最高を見せてあげたい、とはいつも思っていました。最高を目のあたりにして気がつくことが無ければ、所詮、自分の行き着く先を想像できないでしょう。想像もできないところに、行動は発生しないと思います。

You can take a horse to water, but you can't make him drink.

受験を通じて、何故、今水を飲む必要があるのか、を納得してもらうことが最も骨の折れることだったように思います。
しかし、未だに馬耳東風だったりして。


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ
にほんブログ村