俺がこの場を離れるように言っても動こうとしない智君…
大多数の人は智君の事を
ただただ穏やかで
怒りの沸点は限りなく天井で
どんな事でも許してくれる…そう思っているだろう。
確かに、自分の事に関しては、どんな理不尽な事でも、奥歯が歯茎にめり込むんじゃないかと思うくらい噛み締めて我慢して無理矢理に笑うかもしれない。
でも…それが、海斗や俺に対して向けられた敵意なら…
絶対に許さない…
それも…抵抗する術を持たない海斗に向けられたものならば尚更だ…
俺は…一度だけ、智君が赫怒した姿を見た
酔っ払った男が公園の砂場で遊んでいた海斗に
持っていた缶ビールを投げつけたんだ。
俺がちゃんと見ていれば良かったのに、お弁当の用意をしてくれている智君に、ほんの少し気を取られた時の一瞬の出来事だった
俺より先に動いたのは智君。
海斗を抱き上げ俺に預けると男に駆け寄り…
足を掛けて砂場に倒した。
そして…男の肩に右膝を付き
『どうしてやろうか…』
静かに…地を這うような低い声で見下ろした目は
息を飲むほど冷たくて
力で圧されるよりも恐怖を感じるものだった…
でも…俺はそれが嬉しかった…
海斗が怪我でもさせられていれば、こんな呑気に不謹慎な事は言っていられないのだけど。
どうしても自分の事となるとギリギリまで鬱積させてしまう智君が人目も気にせずに感情を露わにした事を実は嬉しく思ったんだ。
そして、今。
弟がやらかした事に怒りを爆発させて構わない
そうして欲しいと思う自分がいる。
俺はもう…弟よりも
海斗と智君が誰よりも大切だ
だから、智君の腕が後ろに回るような事態にさせないように見守るだけだ…